この前のことからしばらく。
この日あたしは朝早くから駅前に来ていた。
待ち合わせよりも大分早くその場所に来たんだけど………
「ありゃ、やっぱゆめの方が早かったか」
すでに待ち合わせの相手は来ていて早足にゆめのところによっていく。
「……おはよう、彩音」
ゆめもすぐにあたしに気づいて朝の挨拶。
「おはよゆめ。今日も可愛いね」
あたしもすかさずにそれに返す。ただし、あんまり普段のあたしっぽくない言い方で
「……っ、いきなり何言ってる」
「ん? ほんとのことじゃん。その服のよく似合ってるし、胸のところのリボンが可愛いよね」
襟元と袖に細かなレースの入った薄緑のチュニック。年相応ではあるけど小さなゆめが着るとちょっとだけアンバランスな感じもしてそれが逆に可愛い。
「……………ありがとう」
ゆめは早くもちょっと赤面。ゆめのことを可愛いっていうのはもう数えきれないくらい言ってるけど、こうやって外でいうのはあんまりないし、自分で言うのはちょっと情けないけど普段言ってるのはゆめをからかうって意味も多いからゆめが戸惑っちゃってるのかも。
けど、今日は積極的に行くって決めてる。
「うん。よかった。じゃ、さっそくいこっか」
あたしはそう言ってゆめに手を差し出す。
「?」
これも普段のあたしならしないことでゆめはつい首をかしげちゃってるけど、そんな姿も可愛い。
(じゃなくて)
「手繋ごってこと。察してよ」
「……だって、彩音あんまり外でこういうことしない」
(それを言われるとつらいんだけど)
「今日はデートっていったじゃん。手をつなぐくらい当たり前でしょ」
って言いながらあたしはゆめの手を取って指を絡めた。
「ふぁ」
「よし、じゃいこうか」
まだちょっと戸惑ってるゆめの手をぎゅっと握ってあたしは改札の中に入っていった。
デートをするって言っても特別なことをするわけじゃない。
ゆめはあたしとならどこにいても嬉しいとか言うし、あたしもそれは同じ。加えてゆめは無趣味で必然的にあたしが行きたいところを連れまわすことになる。
そんなわけで午前中は小物を見たり、本屋に行ったり。あ、服を身に行ってゆめに色々着せ替えさせたのは楽しかったな。
特にロリ系のフリルで甘々なやつとか着てもらったけど、そのままショーケースに入れてあらゆる角度から眺めたくなるくらいに可愛かった。
(もうちょっと余裕があればプレゼントしてもよかったんだけど……)
今はちょっと余裕がない。それに今日はあんまりそういうところ見せると、また「体が目的?」とか言われちゃうし。
今日はもっとデートらしいデートにしなきゃ。
「ねぇ、ゆめこっちも食べてみる?」
今は喫茶店で休憩中。ま、甘いものが大好きなゆめにしてみればこれはかなり楽しみな時間かもしれないけど。
このお店だって事前に調べてゆめの好みに合わせた。スイーツがおいしいって評判なのはもちろん、静かなのが好きなゆめに合わせて店内のBGMもクラシックの落ち着いて感じ。加えてデパートの最上階にあるから眺めだっていい。
「……食べる」
ま、ゆめの場合はあたしと二人きりでいられればお店の雰囲気とか眺めとかあんまり気にしないかもだけど。
「んじゃ、あーん」
「…………? ……あむ」
蜜のたっぷり乗ったパンケーキをフォークでさしてゆめの口元に持っていくとゆめは一瞬だけ固まるけど、ケーキの魅力にまけたのか小さな口を開けてケーキをほおばる。
「おいしい?」
「……うん」
「そっか。じゃ、ゆめのも頂戴」
「…………………」
自然な流れかと思ったんだけど、ゆめの手も口も動いてくれない。
まぁ、もともとゆめはこういう時くれないことも多いんだけどね。特に昔のゆめだったら甘いものは全部自分のものとか思ってるところがあったし。
ただ、今の沈黙はなんだかそういうのとは違う気がする。
「な、なにゆめ?」
だって、なんかじーっと見つめられちゃってるし。
「……………」
いまだに返答をくれずあたしのことをきょとんとした目で見てくるゆめ。
(……やっぱゆめって可愛いなぁ)
あらためて見つめあうってあんまりないけど、ゆめってほんと可愛い。
小学生に見えちゃう体型、くりっとした大きな瞳。あたしをジトっと見つめる表情。
(って、あれ?)
なんか訝しげな顔でみられてるような。
「ど、どしたのゆめ?」
「……彩音ちょっと変?」
「へ、変って。んなことはないでしょ」
こっちはこれでも頑張ってるつもりなのに。
「……でも、いつもならこんなことしない」
「ん、んなことないって。で、デートなんだからこれくらいするでしょ」
「……彩音はしない」
「うっ……」
普段は確かにしないけどね。ゆめや美咲といちゃつきたいとは思うけど、場所を選ばないでするっていうのは好きじゃない。だから、外じゃあんまり恋人らしいことはしてない。
それをいちいちちゃんと覚えてるっていうのはゆめらしい。
「きょ、今日はしたいの。あーんしてよ」
って駄々っ子があたしは。
「………仕方ない」
ゆめはやれやれと言った様子でスプーンに生クリームの乗ったアイスをあたしの口元に差し出してくれた。
「わーい」
目的のかなったあたしは嬉々としてそれをぱくつくけど
(……あれ?)
待って。
あたしの目的はゆめにあーんしてもらうことだったっけ?
いや、違う。あくまでゆめとあーんし合うのは手段であって目的じゃない。
今日の目的はゆめとデートをしていかにあたしが素敵な恋人かわかってもらうことなんだから。
駄々をこねて仕方なくあーんをしてもらうなんて完全に逆だ。
(こ、これからこれから!)
されちゃったものは仕方ないんだからこの反省を生かして次を頑張ろうっと。