莉沙と知り合ってからもゆめの価値基準は変わらず、必要以上に莉沙のことを気にすることもなくまた彩音や美咲が気にしていたような、莉沙の相手のことも気に留めることなく日々を送っていたゆめ。
だが、縁というのは妙なものでゆめの関心に関わらず事態は起こってしまうものだった。
「……………」
ゆめは困っていた。
近くの図書館からの帰り。
エレベーターを上がって、部屋のある階に来たゆめは廊下を行こうとして足を止めていた。
見えるのは莉沙の部屋の前に佇む女性。
長身で短髪の女性。落ち着いた服装で恐らく社会人であることが見受けられる。
顔立ちは中世的だが、ゆめと決定的に異なる胸が女性であることを強調している。
(……劇団とかにいそう)
などとゆめにしては珍しい感想を抱くが、問題はそこではない。
(……なんであんなところにいる?)
女性が立っている場所は莉沙の部屋の前だ。
何やら真剣な表情でドアを見つめては、時折視線をそらし再び目を向ける。
莉沙のルームメイトかと最初は思ったが、それならば鍵を持っているはずで中に入っていけばいいはず。
それをしないからと言って無関係な人間だとも考えずらい。このマンションは入口がオートロックになっており、暗証番号を知らなくては入ってくることはできない。それを知っているということはこのマンションに関係のある人間なのだろうが、部屋に入ろうとせずドアの前に佇むというのは妙な光景だった。
「ね、そこの君」
「っ」
廊下の端から様子を窺っていたゆめだが、視線に気づいた女性がゆめに声をかける。
「……はい」
と、小さく返事をしてから話をしやすいように近づいていくと改めて女性の大きさを認識する。
(……彩音と美咲よりもおっきい)
百七十あるかどうかでゆめとは二十センチは離れている。
正面を見ると胸に視線が行ってしまうほどに身長差があって圧迫感すら感じてしまう。
「莉沙……じゃない。最近この部屋に住んでる人と会ったことある?」
「…………」
妙な質問にゆめは口を閉ざす。
目の前の女性がどんな人間かは知らないが、少なくても見ず知らずの相手であることは間違いない。
というよりも、今の状況だけでは不審者というカテゴリに入れてもいいような相手だ。
「……挨拶したくらい、です」
目の前の相手がどんな相手かわからないゆめとしては、正直に答える必要性を感じず当たり障りのない嘘をつく。
「そっか……」
「……………」
目の前の女性はそれだけを呟き、ゆめから視線を外してドアへと戻す。
その目にはゆめが理解できないような強い感情がこもっているような気がしたが、当然その正体がわかるわけもなく視線を追うだけ。
「……………」
一分ほど、そうしていただろうか。
女性は、「……仕方ないか」と残念さと安堵を混ぜたような複雑な気持ちを感じさせる声でそれを呟く。
「すまないな、変なこと聞いて」
諦観したような言い方と表情。
それはゆめの心に莉沙との関係性への興味を抱かせはしたものの、
「今日は退散することにするよ。それじゃあね」
ゆめの疑問が形となり言葉になる前に女性はゆめの横を通り過ぎていってしまった。