私は部屋の外いるから。二人のほうがやりやすいでしょ?

 美咲はそういってゆめの部屋のドアの前で躊躇していたあたしの背中を押した。

 それで、今あたしを前にゆめがここに来る前のあたしたちみたいに青いシーツのベッドに座ってちっちゃくなってる。

 あたしはそんなゆめを困り顔で見つめる。

 怯えちゃって、少し震えちゃってるよ。

 ま、ゆめからしたらまた何か言われるんじゃないかって思ってもしょうがないか。

 なんだか、漫画とか小説に出てくる悲劇のヒロインみたい。

 親友に捨てられて、闇の中をさまよってる。本当は何も悪くないのに、あたしのせいで美咲のことすら半ば拒絶して昔みたいに独りになってしまっている。

 昔ならゆめは独りでも平気だった。でも、自分でも言ってたようにあたしと美咲っていう親友の味を知ってしまったらもうその頃には戻れない。独りでいることが苦痛以外の何者でもないはずなのに、あたしを失ったショックは美咲すら遠ざけようとした。

 救いださなければいけない。孤独の闇から。

「ゆめ」

 あたしはゆめのことを呼んで目の前にまで近づいていった。

 ゆめはあたしを一瞥するけど、答えてはくれない。でも、表情は窺えてあのゆめが寄る辺を失った心細い顔をしている。

 そのゆめの前にあたしは跪いた。

 謝るのに上から見下ろすのも、美咲がしてくれたみたいにベッドに横に座る資格すら今の私には存在しない。ゆめと同等の位置になんていられない。

「ごめん!

 その一言に、それだけに全力を込めてあたしは頭を下げた。

「あたし……最低だった。ゆめは何にも悪くないのにさ、澪に……会わないようにしようって言われて、しかも、それがゆめのためみたいなこと言われちゃってさ、もうそうなったら、抑え、きかなくなっちゃって……勢いとはいえ……ううん、言い訳はしない。あんなこと言ったときのあたしは、本当にそう思った……」

 勢いとかそんなんじゃない。あの時は、本当にゆめが憎くてたまらなかった。親友の恋も応援できないような相手と友だちでいることが憎たらしくて仕方なかった。

でも、勢いだったとか、そんな言葉で今さら取り繕ってもそのナイフを受けたゆめ自身がなによりもわかってる。

「謝っても、謝りきれないし、どれだけ謝ったって許されていいことじゃないのもわかってる。許してっていうこと事態、図々しいっていうのもわかってる。けど……あたしは、あたしはやっぱりゆめの親友でいたい。だから、いくらでも謝るし、ゆめが許してくれるまで出て行かない」

 まるっきり自己中。迷惑極まりない発言だけど、あたしはやっぱりゆめのことが好きだ。この一週間ゆめと美咲と話さなかっただけでも、生きた心地がしなかった。あたしにとってはもう、ゆめもついでに美咲もいなくちゃいけないの。

 それに、澪を好きな気持ちはなくなってなくて、澪があたしの一番いい笑顔を望んでくれたようにあたしも澪の気持ちに答えたい。ゆめを笑顔にしてあげたい。今さらだけど、それが澪に想いを向ける唯一の手段だから。

「………………怒ってなんか、ない。……悪いのは、わたし」

 しばらく黙ったあとゆめはポツリと呟いた。顔は不安気だったけど、声はいつものように抑揚のない声。

「…………彩音のこと…取られたくなかった。取られるの、やだった」

 そんな風にあたしへの想いを口にされればされるほど、あたしの罪悪感は膨れ上がる。

「……わたしが澪に言わなければ、なんでもなかった」

 それは……そうかもしれない。でも、きっとそれは先延ばしになっただけだったと思う。そりゃ、その間に澪があたしのこと好きになってくれる可能性だって1%くらいはあったかもしれないけど、そんな『もし』のことを考えてもしょうがない。

「……かもね」

「…………っ」

「でもさ、もういいのそのことは。そんなことよりもあたしは今、目の前にいるゆめのことを大切にしたい」

あたしはここぞとばかりに顔をあげてゆめをみつめた。

……なんかいいながら気付いたけど、愛の告白してるみたいだな。しかも、よくもこんなことがすらすらと口からでてくるよ。

 ゆめの顔に不安だけじゃなくて別のものが混じっている。

「……彩音は、怒ってない?」

 それは希望と期待。

「始めから謝ってるのはあたしだけどね。言葉にしてもらいたいならいくらでもいう。怒ってなんかない」

「……本当?」

「あたしがゆめに嘘ついたことある?」

「……いっぱい、ある」

 …………いや、確かに結構ありますけどね。意味もなく虫が肩についてるとかいったりさ。でも、ここは流れを読んでよ。

 ……言葉だけで足りないなら。

 あたしは、膝の上に乗せているゆめの手を両手で包み込んだ。

 中学の頃からちっとも変わんないゆめの無垢な手。その心を傷つけてしまっているのはあたしだ。

「これは本当に、本当」

「…………彩音は、わたしの、友達?」

「ううん」

 あたしは軽く首を振る。

「親友」

 そして、ゆめがその意味を理解する前に答えた。

「あや、ね……あや、ねぇ……ひく……なか、なお、り?」

 それをわざわざ言葉にしますか。でも、ゆめははっきりと示して欲しいのかも。

「うん、仲直り」

 あたしはやっと立ち上がりゆめの隣に座って笑顔を見せた。何か気付いたらあたしが謝ってたはずなのに、逆になったり、ゆめがあっさり許してくれたりだけど、今のあたしならゆめの隣に座る資格があると思う。

「……あやね」

 ゆめは隣に座ったあたしに顔を寄せて……目を瞑った?

(…………)

 顔を見るってのはわかるよ? 場面からしてちっともおかしくない。でも、なんで目を瞑る必要があんの?

「……ゆめ、なんで目を閉じてんの?」

 わかんないんだし、素直に聞くしかないよね。

 すると、ゆめは目を開けてどこか気恥ずかしさと不満を混ぜた目であたしを見てくる。しかも……

「……彩音がキス、してくると思った」

 この上なく理解に苦しむことを言ってきた。

「………………………は?」

 あたし今すっごくまぬけな顔してるって思うよ。 いや、だって、ねぇ? どこをどう解釈したらキスするって流れになんの!?

「……彩音から借りた、漫画、そういう…シーン、あった」

「え……?」

 いや、確かにゆめにそういう漫画貸したことあるよ? でも、それは

「あ、あれは恋人が、仲直りって所だったと思うけど……」

 まぁ、仲直りには違いないだろうけど。

「…………?」

 何でそこで首をかしげる。

 自分がおかしなこと言ってるとは思ってないご様子。ゆめって昔から、一般常識がないっていうか、自分のすること、いうことが普通だって思うからね。

「え、っと、ゆめは……その、あたしと…したいの?」

「……彩音のこと、好き」

「いや、あたしも、ゆめのこと好きだけど」

「……なら、問題、ない」

 多分、ゆめは漫画の影響で、好きあってる二人が仲直りするなら、キスをするのが当たり前とか思ってるんだと思う。世間知らずな上に影響されやすいから。

 ゆめはさっきの言葉を終えると、さらに身を寄せるとまた目を閉じた。

 ……顔を赤くすることもしないで、恥ずかしくないの? いや、恥ずかしいのかな、やっぱ。何だかちょっとだけカタカタって震えてるし。

 小顔にある白い頬はパウダースノーみたいにさらさらで卵みたいにツルツルで、甘いものをいくらでも吸い込む桜色の可愛い唇はぷにぷに。小学校高学年にも見えるこのお姫さんはあたしにそれを差し出してきてる。

 まぁ、あたしも女の子なわけで、そりゃキスとかにも興味はあるわけで……別にゆめとするのは嫌なじゃないわけで、でもこれは初めてなわけで……

 ここでしないと、ゆめはあたしが友だちと思ってない、とか思っちゃうのかなー? ……なら、しょうがない、よ、ね?

 つまり、あたしはゆめのためにしようとしてるんだよ? 別にあたしがしたいからするわけじゃないから。

 ……よし! 

 あたしは長々と決意を終えるとベッドに座ったまま上半身をゆめに向けて顔を近づけていくと同時に近づきやすいようゆめの座ってるすぐ奥のベッドの縁に手を置いた。

 スタートの時点から、数十センチしかなかったけど、その間に不思議なくらい考え事が湧いてきた。

 あれ? そういや、キスってどこにすればいいの? 唇? ほっぺ? 漫画の真似、なら唇だけど……

 思考がめぐる間もゆっくりではあるけどあたしとゆめの距離は段々近づいていく。

 ゆめは、多分唇にくると思ってるはず、だよね……っていうか、ほんとにゆめはこんな形のファーストキスでいいのかな。まぁ、あたしもだけど。

 少しずつ近づいていっていたあたしたちの距離はもう五センチとなく、あたしも覚悟を決めると目を閉じて、ゆめの……

 って、ちょっと待ってよ? あの漫画って、キスだけじゃなくて……もっと、その先、まで……いくら漫画の真似と思っていてもさすがにそこまでは……??

 

中編/後編2

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