「っ! わっ!」

 土壇場で妙なことに気付いてしまったあたしは、ベッドの縁にかけていた手に力を込めすぎて滑ってしまった。

 バランスを崩したあたしはそのままゆめのことを……

 ドスン! ガラガラ、ドシャーん!

 ベッドに押し倒した挙句、無茶な体勢でバランスを取ろうとしたもう一本の腕がベッドの枕元にあった本やら小物なんかを盛大に崩してしまった。

「……つ、つつ」

 うわぁ、やっちゃった、と。……なんかあまい香りもするけど、あたしの顔があるのってゆめの胸、かな? このなんともいえない固さは、ね。

 しかし、起き上がろうとする前に音に反応する人物がいた。

「ちょっと! なに今の音?」

 部屋の外で待機をしていた美咲が普通じゃない音を聞きつけ部屋に入ってきた。

 その部屋はベッドの周りが散らかり、この部屋の主の少女がベッドに押し倒されてる。

「……………………あんたたち、なにやってんの?」

 状況を把握できない美咲は、呆れたような声であたしたちに問いかける。

 これって一見あたしが無理やりゆめのこと押し倒したように見えない? 美咲がそんなバカな想像するとは思えないけど。

「あ、あはははは」

 あたしはバツの悪そうに体を起こして乾いた笑いを漏らす。

「……彩音がキス、してきた」

 なんていいわけしようか考える間もなくベッドに倒れたままのゆめがとんでもないことを言い出す。

「は!? ちょ、ちょっとゆめ! ゆめのほうがしろっていってきたんでしょう!

「……しろ、なんて、いってない」

「まぁ、別に彩音が無理やりゆめのことを襲ったんでもなんでもかまわないけど、なんでキスなんて話になってるわけ? あ、それとも私はお邪魔かしら?」

 かまわなくないっつの! あたしの名誉が著しく傷つけられてるでしょうが!

「……仲直りの、キス」

「仲直りの、ねぇ。あ、仲直りできたの。それはよかったわね」

 美咲はズカズカとあたしたちの前まできて、何故かゆめのことは一瞥もしないで懐かしそうな双眸であたしを見る。

「にしても、仲直りのキスか、なつかしいことしてるじゃない」

「なつかしい?」

「覚えてないの? 私たちも昔したじゃない」

「え? 嘘!?

 あたしは思わず座ったまま、美咲に、美咲の唇に釘付けになった。

 記憶にない、と思う。嘘ついてる感じはしないけど、したとしても、すごくちっちゃい時とか……? 

「本当に覚えてないわけ?」

 コク。

「はぁーー」

 あたしが頷くと美咲は額に手をあて大げさにがっくりしてみせた。

「小学校二年のとき。喧嘩の理由は忘れたけど、仲直りするとき。みーちゃん、仲直りの印に、ちゅーしよ? とか、いってしたでしょ」

「あ…………」

 思い当たるところがあった。した。言われて思い出した。……あれは、確か、アニメかやっぱり漫画の影響で……ってじゃあ、ゆめは小学校二年のあたしと同じ思考ですか……

「まったく、人のファーストキス奪っておいて忘れるってひどすぎじゃない?」

「わ、わるかったよ」

 女の子にとってファーストキスなんて憧れっていうか、とにかく特別なものなんだからそれをして、しかも忘れてるなんて昔のこととはいえあたしに非がある。

「……ずるい」

 あたしが美咲に気まずそうにしてるとやっと体を起こしていたゆめがポツリと呟く。

「ずるいって、なにが?」

「……二人の、世界」

 ゆめの突飛な一言にあたしと美咲は固まる。

 昔の話でゆめが入れないってのを妬んでるのかな、これは。自分の入っていけない話題されるとすぐいじけるもんねー。

 美咲相手に二人の世界だなんて表現されるのは気にくわないけど。

 ゆめはムスっとしてあたしに向き直ってきた。

「……彩音、キス」

 しかも、対抗心なのかは知らないけど無茶な要求をしてくる。

 流れ的にもうそれはご破算でしょうが。大体、今目の前に美咲がいるんだよ!? あたしはどうやらセカンドキスみたいだけど、ゆめは正真正銘ファーストキスでしょ!? それをこんな形、しかも美咲の目の前でなんて本当にいいわけ?

「ゆめ、ちょっと冷静になってよね。ゆめは……初めてなんでしょ?」

「…………うん」

「それをこんな形であたしとしていいわけ? もっとちゃんと考えてさ」

「……考えてる。……はじめては、……彩音と美咲に、もらって欲しい」

「私はかまわないわよ。してあげれば? 他の人ならいざ知らず、二人なら別に気にしないわ。私も彩音としてるところゆめに見られてもいいし」

「アホなこといってないでよ。つか、ゆめの『と』ってなによ。彩音と美咲にの『と』って」

 ファーストキスを二人にしてもらうとか不可能でしょうが。

「あら、おかしくないじゃない。同時にしてあげれば」

「無理でしょ。そんなもん」

「ちょっと無理すれば可能よ。それにほっぺならおかしくもないんじゃない?」

「まぁ、それなら……ってあたしはまだするなんていってないっつの! それになにいつのまにか美咲もゆめにするみたいな話になってんの?」

「…………また、二人の、世界。……二人とも、前より……仲良し。ずるい」

 あたしと美咲が軽い口論をしてるとゆめがいじけたように呟く。

 あたしは怪訝な顔ででゆめを見てから相変わらずあたしを見下して、見下ろしてる美咲を見る。

 なんか、いつも冷たい目をしてるせいか悪いイメージに受けとるんだよね。

 てか、前より仲良し? んなわけないじゃん。あたしはここに来る前、何回もビンタされて、まぁ……ゆめに謝るきっかけくれたのも背中を押してくれたのも美咲だし、抱きしめられたときはちょっとうるってきたけど、別に仲良くなんかなってないって。

「ずるくなんかないわよ。ゆめだってその仲良しの中に入ってるんだから」

「……本当?」

「本当よ。私がゆめに嘘ついたことある?」

「……あんまり、ない」

 あんまり……し、信頼度に差が。

「というわけで、彩音。私たちでゆめに初めてをあげましょうか」

「だ・か・ら、なんでいつのまにか美咲までゆめにしようとしてんの。これは仲直りの印にするんだよ。美咲とゆめは喧嘩なんかしてないじゃん」

「あら、やっとする気になったの?」

「べ、別に、美咲にはする理由がないって言っただけで……」

 何だか誘導されてる感が面白くなくてあたしは拗ねたような声をだす。

「あらなに? 私にはゆめとさせたくないの。ゆめを独り占めしたいってわけ?」

「ち、違うっての! つか、そっちこそあたしとゆめがするのが気に食わないんじゃないの?」

「なっ、そ、そんなことないわよ!

 あたしの苦し紛れの挑発に意外にも美咲は慌てた。うかつにも、顔を赤くして長い髪を振り乱してまで否定する。

「ふーん……」

 あたしは不敵に笑ってからまたもや蚊帳の外に置かれていたゆめを引き寄せた。

「いいよ。ゆめ、してあげる。仲直りの印だもんね。キスしなきゃ」

「……………」

 コク。

 頷くゆめにあたしは手早くゆめの両肩に軽く手を添えて徐々に唇を近づけていく。

 ふふふ、このさらさらですべすべのほっぺも、可愛いピンクの唇もあたしのものなんだから。

「……………」

 誘ってきたくせに、いざとなったら震えちゃってかわいいったらありゃしない。

 そろそろと近づいていくあたしとゆめの距離。それが限りなく近づき、ゼロになる瞬間……

「ちょっと、待ちなさいよ!

 美咲の魔の手によって引き裂かれた。

 耳まで赤くして、はぁはぁと荒い息を吐いている。いつものクールな感じが台無しに思えるくらい。

「なによ。気にしないんじゃなかったの? やっぱ、そっちこそゆめのこと独り占めしたかったんでしょー」

「そ、そんなわけ……、な、仲直りの印にキスするなんておかしいって言いたいだけよ」

「ふーん、どうだか。いってること、変わってきてるし」

「っ……」

 美咲が怒りだか、羞恥だかは知らないけど、プルプルと震えて悔しがってる。

 気持いー。いつも美咲はこんな気分であたしのこと見て、操ってたわけだ。ちょっとクセになりそうなくらい甘い快楽。

「…………美咲は、わたしが彩音とするの……や?」

「嫌じゃなくて、その…なんだか私が仲間はずれみたいじゃない。……理由もなく、そんなこと、できないし……ってじゃなくて……あぁ、もう……えっと」

 美咲は途端にシャイな女の子になって本音をポロリと漏らす。

 たまに、こうなるんだよねー。他の人がいたらほぼ絶対に見せないけど、家族とかあたしの前とかだと本当の姿というか、弱みを見せる。

「……理由、ある。美咲のこと、好き。美咲は……わたしのこと、好き?」

「好きよ。そりゃあ、ね」

「……ここままじゃ、わたしのほうが……仲間はずれ。仲間、はずれ……やだ」

「じゃ、いいじゃん。ゆめの望む通り二人でゆめに初めてをあげれば」

 なんだか、いつの間にか立場もおかしくなってれば、キスするっていう抵抗感というか、なんというか、そういう恥ずかしい気持ちとかもこの場に雰囲気に流されちゃって、三人で「仲良く」するってことが楽しくなってきてしまった。

「……彩音がそうしたいなら、そうしてあげるわよ」

「いじっぱりなんだから」

 美咲はゆめの隣に座りながらここまで来ても憎まれ口を叩く。

「ゆめ、いい?」

 コクン。

「……二人に、してもらうほうがいい」

 最後にゆめに確認を取ると、あたしと美咲は片手はゆめの膝の上にある手に重ねた。

 可憐なゆめの手と端麗な美咲の手。ゆめはちょっと不安そうな感じがするけど、それをあたしたちは包み込む。

 そして、またもや緊張で震えるゆめに、愛らしいゆめに三度目の正直を近づけていく。

「……ん」

 今度は支障なく美咲と同時に頬へキスをしたあたしは思う。

 澪がいっていたように、あたしはこの二人といるのが一番あたしらしくて、一番楽しいんだなと。

 珍しく真っ赤になって、恥ずかしげに笑うゆめを見て。

 そう、思うのだった。

 

後編1/おまけ/【美咲】

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