部屋に戻ると先輩はちょっと予想外のところにいた。 さっきまでの喧騒がうそのように静まり返った部屋の中央のベッドであおむけになりながら天井を見つめている。 私が戻ってきたことにも気づかないみたいで、部屋に入ってから数歩進むとやっと私のことに気づいてむくりと体を起こした。 「はるかさん」 そのままベッドの縁に座り込んで、私のことをこれもまた何かを秘めたな目で見つめていた。 ここ最近は、私といるときには見せなかった瞳。でも、こんな瞳を私は知ってる。これは、過去を見つめる瞳。私の知らない過去を。 「また、彩葉さんにいじわるされちゃいましたか?」 「知ってたんですか、私に会いに来たこと」 「いえ、そうじゃないですけど。タイミング的にそうかなと思いまして」 穏やかな口調で話す先輩はポンポンと自分の横をたたいて、私に座るよう促してきた。 私は軽くうなずいてから先輩の横に腰を下ろす。 「何話したか、当ててあげましょうか」 「え?」 「今日無理やり来て、ごめんなさいとか言われたんじゃないですか?」 「…………」 本当に彩葉さんが私に会いに来たことを知らないんですかって言いたくなるくらいにそのままのことだった。 「彩葉さんならそういうと思ったので」 私の顔で彩葉さんの言葉を確信したのか、先輩は軽く微笑みながらそう言った。 「違うん、ですか?」 「いえ、うそじゃないですよ。彩葉さんからなのは本当です」 「…………」 やっぱりちょっと面白くない。彩葉さんに言われるのと、恋人である先輩にそういわれるのはちょっと悲しい。 「あ、でも、彩葉さんのこと悪く思わないでくださいね。おっけーしたのは私なんですから」 それに……こんな風にお互いかばいあうように言うのも。 「理由、聞いても、いい、ですか?」 さっき彩葉さんには聞けなかったし、聞くべきでもなかったんだろうけど先輩の口からはちゃんと説明してほしかった。 今日はクリスマスで、私たちは恋人同士なんだから。 「そう、ですね……彩葉さんがどうしてかっていうのは、はっきりとはわからないです。でも、私は……彩葉さんとクリスマスを過ごしたいって思ったからです」 「……っ」 「あ、もちろん、一番ははるかさんですよ」 「わ、わかってますよ」 これには理由があるだってわかってるし、思ってるし自分じゃ表情を変えたつもりはなかった。でも、先輩は慌てたようにそう言ってくれて、うれしいような情けないような気分になる。 「ふふ……はるかさんは可愛いですねぇ」 「?」 なんて、軽く笑いながら先輩はそのまま体を後ろへ倒した。 ボフンってベッドが沈んで先輩は天井を見つめる。やっぱり過去を見つめながら。 「小さいころから、彩葉さんとは毎年一緒に過ごしてたんですよね」 「……聞き、ました」 「そう、ですか。まったく彩葉さんはおしゃべりですね。まぁ、彩葉さんらしいですけど」 やっぱり嫉妬しちゃう。今だけじゃなくて、先輩は彩葉さんに対してこういう言い方をすることが多いから。 「でも……去年は………一人だったんですよ」 「ぁ………」 それが何でかなんて聞く必要はない。 まだ私ともであってなくて、先輩が【独り】だったときのことだ。 「こうやって、ベッドに寝転がりながら天井を眺めてました」 さみしそうな色を宿す先輩。今は絶対にさみしくなんかないのに、思い出しただけでもそんな風になっちゃってる。 きっと、私なんかじゃわかるはずもない孤独なクリスマス。 「そしたら……なんて言うんですかね。すごく、天井が高く感じて、部屋が広く感じて……それまで彩葉さんと過ごしてたことを思い出したりなんかしちゃって……気づいたら泣いてました」 それは、想像ができる……気がする。想像だけだけど、想像だけなのにちょっとせつなくなっちゃいそうなくらいにさみしいことだってわかる。 「……ふふ、はるかさんがいなかったら今年もきっとそうだったんでしょうね。でも……」 「あ……」 先輩の指が私の指にかかる。 「今年は、はるかさんがいてくれて……また友達も、できて……彩葉さんとも昔みたいに戻れて……嬉しかったんです」 今、先輩すっごく幸せそう。 私といるときの笑顔とはまた違う、でもとっても幸せそうな笑顔。 「クリスマスははるかさんと……とは思ってたんですけど……彩葉さんに一緒にって言われた時、嬉しかったんですよ。去年の反動もあったのかもしれませんけど……とにかく嬉しいって思ったんですよね。だから、断れなかった……ううん、そんなことすら考えられなかったんです」 今日、本音を言えば不満のほうが大きかった。 初めてのクリスマスなのに。彩葉さんがいて、二人がとても楽しそうで……ちょっとやだなって思ってたの。 「でも、こんなんじゃ恋人失格ですよね。せっかく、はるかさんがいてくれて、はるかさんのことさみしくさせて」 (ぁ……) 自分じゃ普通で、不満なんて出してないつもりだったのにわかって、くれてたんだ。 「私が今、楽しいのも、嬉しいのもはるかさんのおかげなのに」 「……失格、だなんてあるわけないです」 あおむけになりながら私を見つめる先輩には私は優しく首を振った。 「先輩が嬉しいって思ってくれるだけでも私は、嬉しいですもん。そりゃ、ちょっとやきもち妬いたりはしましたけど。でも、ほんとですよ。先輩が笑っててくれるだけで嬉しいですし、それに、こうしてちゃんと話してくれたんですから」 素直な気持ち。まっすぐに伝えたい、私の想いをそのまま声にした。 「あ、でも」 私は体をひねって先輩を見つめた。 「やっぱり、ちょっとじゃ、ないです」 そして、これも私の素直な気持ち。 「すごく嫉妬してます」 「え?」 「だって、先輩も、彩葉さんもお互いのことばっかりなんだもん。幼馴染だから……彩葉さんが私よりも先輩のこと知ってるのは当然かもしれませんけど……でも、二人にそんな風に言われたら……嫉妬しちゃいます。妬んじゃいますよ」 先輩が私のことを一番大好きだってわかっても、いじけちゃう。こんな風に想いあってるところなんて見せられたら。 「……だ、だから……その……」 でも、彩葉さんのことを悪く思ったり先輩のことを怒ったりなんかはしてない。ただ、多分私じゃこんな風に想いあう親友の関係にはなれない。 でも、それでいいの。 「う、埋め合わせ、してください」 だって、私は先輩の恋人なんだから。 「わ、私を寂しくさせた分、私のこと…あ、あい……………大切に、してください」 友達としては足元にも及ばなくても、先輩の恋人は私だけなんだから。 「ふふ、はるかさん」 先輩はとっても嬉しそうに、幸せそうに笑ってる。私だけに見せてくれる笑顔で。 「愛しています」 そして、私たちは絡めた指に力をこめ口づけを交わすのだった。