さて、今日もバイトの日。
勉強はさっさと終わらせて、夕飯を一緒に作ってあとは千尋さんを待つばかり。
「ちょっと遅いね」
「うん」
待つばかり、なんだけど千尋さんは予定の時間を過ぎてもなかなか帰ってこない。
大幅に遅れるのなら連絡があるはずだから、これはそろそろ帰っては来ると思うんだけど……
「これじゃあ、冷めちゃうねぇ」
暖めなおせるものもあれば、簡単にはいかないしなるべく早く帰ってきて欲しいところだ。
「先生が食べてもいーよ……」
リビングのソファに並んで深い意味なくテレビをつけて話してたところになずなちゃんが一言。
お腹もすいてるし魅力的と言えば魅力的な提案だけど。
「ごめんね、今日は家で食べるって約束してるから」
これは簡単には譲れない一線なんだ。
「………うん」
不満げななずなちゃんの頭を軽く撫でてあげる。細い髪が指の好きなに入る感覚がこそばゆくて心地いい。
ゆめや美咲にでも見られたらちょっとうるさい場面な気もするけどこれくらいはいいよね。
そうしてると
ガチャっと、ドアが開く音がして
「あ〜。ただいまー」
(ん?)
聞こえてきた声に首をかしげる。
いつもなら元気よくって感じなのに今日は明らかに声に疲労っていうか負の感情が乗ってるような声。
二人で玄関へと迎えに行くと、その予感が正しかったことを知る。
それも予想外の形で。
「おかえりなさい」
「おかえり」
出迎えの言葉を告げるとちょうど靴を脱いで家に上がったところで。
「ただいま〜。はぁー」
「なんだかお疲れみたいですね」
「まぁねぇ。働いてればそういう日もあるのよ」
「そう……かもしれないですね」
って言ってもよくわからないけれど。
「ご飯は用意してありますから。なずなちゃんと一緒に食べてください」
「ん〜。それもいいんだけど……」
「?」
なぜか千尋さんはあたしに視線を向けてくる。それもちょっと居心地悪いような視線。
っていうか……ある一点に視線が集中してる、ような……?
「彩音さー、ちょっと胸貸してくれない?」
「胸?」
意味が分からない。普通胸を貸すって言ったらなんかの競技で格上の相手に挑むときとかに言うことだと思うけれど……?
「そ。胸」
「まぁ、いいです、けど」
よくわからないけど千尋さんが変なことするわけないだろうしとりあえず雇い主に頷いて……
「ありがとー」
「へ!?」
思わず、おっきな声を出して体をびくつかせた。
だ、だって。
「あ〜〜〜、やっぱ。おっぱいはいいねぇ」
ち、千尋さんがあたしの胸に顔をうずめてきたんだから。
しかも腰に腕を回してぐっと引き寄せてかなり深めに。
「あ、あのちょ!?」
あたしはわけわからずにあたふたとするけれど、それで収まるどころか今度はぐりぐりと顔を押し付けてくる。
「や、あ、………んっ」
髪が肌を撫でてくすぐったい。
「って、ちょっと! なずなちゃんが見てるのに何してるんですか」
体を引くも先に抱かれた時に腕まで一緒に抱かれちゃってるせいで片手じゃ引きはがせない。
こんな所とても子供に見せるような場面じゃないってのに。
「………?」
ってあれ? なずなちゃんの方を向いたあたしはその様子にぽかん、とする。
目の前でこんなことが行われてるっていうのに、なずなちゃんは照れたり慌てたりすることなく。
「……お母さんは、おっきいおっぱいが大好き」
「あ、そ、う……?」
えー。これどういう反応すればいいの? っていうか娘におっきいおっぱいが好きって言われる母親ってどういうことなわけ。
「ママもおっきいからいつもそうしてた」
「え?」
「そうそう。やっぱいいよね。こうしてるだけでやなことも忘れられるし。気持ちいいし。それに彩音ってばいい匂いじゃない。生で触りたくなっちゃうくらい」
「い、いや、その……あの?」
色々情報が入りすぎて頭が働かないよ? えーとつまり……
情報を整理しようとしてたあたしだけど、
「……でも、お母さん。先生が困ってるからしちゃだめ」
「んー、そんなことないって。ねぇ、彩音?」
「え……と。普通に困ってます、けど」
「ほら、早く離れて」
言うや、千尋さんの体を引っ張り出すなずなちゃん。それは可愛らしい仕草ではあるのだけど。
「そんなこと言ってー。なずなが彩音のおっぱい独り占めしたいんじゃないの? あんただってこうやって甘えるの好きだったじゃない」
「………っ。いいから先生から離れて」
(………………)
その、またも難しい話をされた気が……?
えーとつまりどういうことだ?
「はいはい。まぁ結構堪能できたしとりあえずもういっか」
体にかかってた重さとぬくもりが消えて、開放されるも疑問が解決したわけではなくて。
でも、簡単に聞いていいことなのかも判断つかなくて。
「大分回復したしこれで終わりにしとくわ。彩音、ありがとね。送ってくわよ」
「……私も一緒に、行く」
平然としてる母娘二人にますます困惑しちゃうのだった。