部屋のある階にたどりついたあたしは首をかしげながら歩いていく。

 もともとなずなちゃんと千尋さんは変わった母娘だなとは思ってたけど、今はどっちかっていうと謎な母娘になってる。

(美咲とゆめに話をしたいところではあるけど……)

 勝手な憶測をするのも悪い気もするし。

 どうしようかなんて考えてるとあっという間に部屋にはついちゃう。

 まぁ、すぐに話すことでもないか。

「ただいまー」

 って声をかけ、おかえりと迎えられる前にリビングへと向かって行ってようやくそこで恋人たちからお帰りと出迎えてもらえる。

「……おかえり」

「おかえり、彩音」

 それぞれリビングのソファで声をかけてくれる。テーブルの方を見ると料理は出来てて、バイトの日にちゃんと二人が一緒にご飯という約束を守ってくれているのはありがたいことだ。

「今、ご飯暖めちゃうわね」

「あ、うん。ありがと」

 こんな風に二人も妻が待っててくれるのはいいとして

(……やっぱり、ちょっと気になるよねぇ)

 なずなちゃんの言葉を思い出してる自分がいる。

「……彩音? どうかした?」

 料理を暖め治すのを手伝いもせず部屋の真ん中で止まっちゃったあたしにゆめが首をかしげてくる。

「あ……いや……」

 部屋に入る前と同じ思考をしてから

 ……何かで誤魔化さないとな。一回ゆめに疑念を抱かれた以上何でもないが通用しないのはわかってる。

 ごまかす、ごまかすねぇ。そんな簡単に機転が利く程頭の回転は速くないんだが……うーん。

(あ、そだ)

 ごまかすついでもあるし、興味もあるし。あれの時はともかく、今までした記憶ない気もするし、元気の出るやつでも試してみようかな。

「ね、ゆめ」

「……ん?」

 都合よく近くに寄ってきたゆめを、ゆめの胸部に視線を送って

(……駄目か。ゆめじゃ)

「やっぱいいや。ねー、美咲―」

 ターゲットを美咲に変更し、まだ用意を始める前で手ぶらな美咲に近づくと

「ちょっと胸貸してー」

「は? なにい……っ!」

 千尋さんにされたみたいに美咲の胸に顔をうずめてみた。

「おぉ…これは……っ」

 悪くない。服の上からでも確かな弾力と美咲の甘い匂い。手にした指先から伝わる、柔らかく暖かな触感。

「いーね。これ」

 エッチの時とは違う触り方に何ともたまらない気持ちになる。

「……あんた、何してんのよ」

 のはもちろんあたしだけでいきなりされた美咲ちゃんは、ご機嫌斜めというか呆れ気味のよう。

「んー、こうすると元気でるって教わってさー。ちょっと試してみたくなった」

「………ふーん。別にあんたがしてくるのはともかく、いったい誰に教わったのかしら?」

「え、そりゃ……」

 あ、やば。

 今日大学じゃずっと一緒だったし、導き出される答えは………

「……どういうバイトをしている」

「い、いや……その……」

 あたしってもしかしたら大分迂闊な人間かもね……

 

 ◆

 

「ふぁあ……」

 次のバイトの日。

 昼間大学に行った後、帰りに二人と別れてなずなちゃんの家に来た私は、机の上でプリントを広げるなずなちゃんの横で大きなあくび。

「先生、眠いの?」

「ん、あぁ。大丈夫だよ。ごめんね」

 なずなちゃんがそう聞いてくるのも無理はない。さっきのは初めてのあくびじゃなくて、もう何回もしちゃってることなんだから。

(……ゆめと美咲め……)

 この前の罰っていうわけじゃないけど、今日はバイトの日だって知ってるくせに昨日は二人のせいでほとんど眠れなかった。大学は何とか耐えてたけど、この時間まではつらくてあくびが止められない。

 それどころか油断すると意識すら飛びそう。

「……眠いなら、私のベッドで寝てもいいよ」

 隣であくびされては気になるのは当たり前でなずなちゃんはあたしを見上げながらそう言ってくれる。

「んっ……だ、大丈夫だってば。ほら、なずなちゃんは勉強しよっか」

「……うん」

 これでもお金をもらってる身だし、甘えるわけにはいかない。あたしは何とか気力を振り絞って真剣に机に向かうなずなちゃんを見守ることが出来た。

「……おしまい」

「ん、お疲れ様。それじゃ、洗濯物でもたたもうか」

 最近では勉強はそこそこに家事をするのは通例になってるからそれを提案するも、なずなちゃんは「んーん」と首を振った。

「私がするから先生はお昼寝してて」

「い、いや。だからそういうわけには」

「……ねてて!」

 なずなちゃんには珍しい強い口調とそでを一生懸命に引っ張る力。

 それと何より……

(限界、なのはそうなんだよね……)

 それを誤魔化すことはできずにあたしはなずなちゃんの誘惑に負けてベッドへと体を倒していった。

 

 ◆

 

 そして、なずなちゃんのベッドに身を委ねたあたしは。

「ん……ぅ……?」

 まだ鈍い働きしかしてくれない頭の中で感じたのは、

「んん……?」

 自分のだけじゃないぬくもりを感じていた。

「………ん?」

 っていうか、あたし何してたんだっけ……?

 確か、眠くてなずなちゃんのベッドに……。それで……っていうか、ぬくもりがあるだけじゃなくて

「ん……みゃ…ぅ」

 寝息と寝言。

 それと……

「……えーと?」

 いつの間にかにあたしの胸の中にいる小さな女の子。

(……なぜ、こんなことに?)

 なずなちゃんはあたしの胸をしっかりとつかむとそこに顔をうずめていた。

(いや、いやいや)

 これまずくない? 何が起きてるのかよくわからないけど、なずなちゃんと一緒のベッドでしかも胸に触られながら寝てるって。

 と、とにかく起きちゃわないと。

 あたしは一気に目が覚めた頭でそれを考えるとなずなちゃんのことを引きはがそうとするものの

「……んぅ……ママ……」

 そんな言葉に動きを止める。

「え……?」

 ママって。

(そういえば)

 この前のこと、ちゃんとは確認しなかったけど。前にも同じ単語を聞いた。

 お母さんじゃなくて、ママって。

 それがどういう意味なのか今の私にはわからないけど……

「……まぁ、まだあたしも眠いしね」

 そんなことを言ってなずなちゃんの背中に手をまわしてぐっと引き寄せるのだった。

 

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