でも、二度寝はまずかったんだよね。
次にあたしが起きたのは、いや起こされたのは時間にしたら一時間後くらいのこと。
起こしてくれたのがなずなちゃん……ではなくて、
「一応確認しておきたいんだけど、彩音ってロリコンなの?」
千尋さん。多分、一番まずい相手。
起こされてから、なずなちゃんはごはんの用意をしに行って部屋に二人きり。
ベッドからはおりて床で正座をする。
「えーと……何と言いますか」
あたしこれを聞かれること多いな。それについてはノーであり、イエスと言えなくないけど。
「さすがに私も娘を頼もうとしてた相手がロリコンだっていうのはいただけないな」
と、目の前に差し出されるのは千尋さんのケータイ。
そこにはベッドで仲良く眠る。具体的に言うとあたしがなずなちゃんを抱いて胸にうずめさせている画像が映っている。
「それは……その、ちょっと寝不足で……寝ちゃってて、その、さっきなずなちゃんも言ってたけど、あたしが一緒に寝ようと言ったわけではなくて」
って言ってもどう考えても苦しい言い訳だよね。
(まずい、よね……これは)
正座をしながら背中に冷や汗。
だって、これあれだよ。夕方のニュースにでも流されかねない事態だよ?
家庭教師が小学生に手を出したとか言われても、言い逃れが難しいやつだよ。
以前、何かあったら自分に見る目がなかったなんて言ってたけど、実際にこんな状況になってそう思ってくれるのはやっぱり厳しくて、千尋さんは強い視線のままあたしを射抜いてくる。
「……ふ。まぁ、なずなの様子からするにその通りなんでしょうけど」
不安なあたしをよそに千尋さんは一応の破顔をしてくれた。
ただ、
「……今日はごはん一緒に食べてくのよね?」
「……はい」
この誘いはさすがに断れそうにもなかった。
◆
美咲とゆめに連絡したら案の定怒られはしたけれど、とりあえずは認めてもらってなずなちゃんが用意してくれた夕食を食べることになった。
手伝おうかという提案を断られ、千尋さんと二人でダイニングで待つのはちょっとした針の筵状態だったんだけど
「……せんせい。あーん」
さらに困るのは食事の時だった。
うちみたいに高いテーブルじゃなくて、四つ足の背の低いテーブルで食事をするのがこの家の形なんだけど、それで問題になるのはイスじゃないってこと。
つまりは、詰めようと思えばいくらでも距離を詰められるということで。
「あ、あーん」
なずなちゃんは食事の時にはこうして、食べさせてくれるまでしてきた。
その厚意を蔑ろにできるわけはないんだけど、
「…………」
正面には母親の視線。
「先生、美味しい?」
横には純粋な問いかけ。
「う、うん。美味しいよ」
「よかったぁ」
嬉しそうに表情を緩めるなずなちゃんは可愛らしく、そりゃもう抱きしめたいくらいではあるけど。
「随分仲がいいわねぇ」
千尋さんはそんなあたしを訝し気な視線をくれる。
「あはは……」
(……まずい、よねぇ)
だって、今あたしはロリコン疑惑をかけられてるんだよ。もちろんそれは事実無根だけど、その状態でこうして密着してあーんまでしてるっていうのはどう考えてもよろしくない。
「……先生。私も」
と、あたしに顔を向けて口を開けるなずなちゃん。
何をねだっているのかは一目瞭然でその要望に応えたくはあるんがねぇ……疑惑を深めかねないのは辛いところ。
「……先生?」
とはいえ、こんな風に「まだしてくれないの?」って純真な瞳で首を傾げられちゃったりしたらしないわけにもいかなくて。
「あーん」
あたしはなずなちゃんの作ってくれた煮物を箸で掴むと、なずなちゃんの口元に持っていく。
「……んぐ。ん……んん。おいしー」
(……可愛いなぁ)
もぐもぐと小さなお口が動くのは見ていて微笑ましい。頭をなでなでしてあげたいくらいだ。
「作ったのはなずなちゃんだよ」
「……先生に食べらせてもらえるのは嬉しいんだもん」
「それは……うん。ありがとう」
困ると言えば困るけど、よく考えればやましいことはしてないんだし堂々としてた方がいいよね。うん。
「なずな、随分嬉しそうね」
あたしが自分の中で一応の区切りをつけていると千尋さんが矛先を変えて一言。
……あたしに疑惑のまなざしを向けられるよりはいいので、様子を見ることにする。
「うん。だって、三人でご飯食べるの久しぶりだから、嬉しい」
「………三人」
思わず声が出てた。
それは何もおかしくはないはずの言葉だけど。
「そうね。食事は多い方が楽しいのは認める」
「ママも一緒だったらいいのに」
「……………………」
ママ、最近聞く頻度の高い言葉。ついでに言うならあたしが今ここにいる遠因かもしれない。
正直、どういうことかって聞いてみたいところではあるんだけど軽い気持ちで踏み込んでいいことなのかわからないし。
あたしはこの場でどういう対応を取るべきかわからずに二人を交互に見るくらいしかできずにいた。
「ところでなずな、いいものがあるんだけど」
あたしの迷いを察したかのように千尋さんは近くにあったケータイを取り出すと、何かを操作をしてからなずなちゃんへと見せる。
「なぁに?」
と覗き込むなずなちゃんは
「あ……」
と嬉しそうな声を上げた。
「……………」
あたしの方は穏やかにはなれない画像だけど。
そこにあったのはさっきあたしが脅された、あたしとなずなちゃんがベッドで一緒に寝てる写真。
あたしとしては対処に困るものではあるけれど、あたしを慕ってくれるなずなちゃんからしたら喜ばしいに決まってることでああって。
(……っていうか。ごまかした?)
明らかに話題変えたよね?
それはつまり、触れない方がいいってこと……なのかな。
「お母さん、この写真先生に送って」
「おーけー」
「先生はこれ、待ち受けにしてね。変えちゃだめだよ」
そでをくいくいと引っ張られて、なずなちゃんにしては珍しく積極的に訴えてくる。
(か、可愛い……じゃなくて)
ここは、一応乗っておいた方がいいかな。
軽い気持ちで話をしちゃいけない気もするし。
まぁ、家に帰る時にはちゃんと待ち受け戻しておかないとね。
それは忘れずにしようと思いつつ、結局謎は深まる夕食を過ごすのだった。