あたしのバイト終わりには大体、千尋さんの帰りを待ってから一人で帰ることも多い。
ただ、たまに送っていってもらう時もあってそんなときはなずなちゃんもつれて近くに車で行く。
「彩音、少しいい?」
いつもならお礼を言って去っていくところを千尋さんに呼び止められる。
返事をすると話したいことがあると、外に出るように言われて愚図るなずなちゃんを車に残して、車を降りたところで向かい合うあたしたち。
(なんだろ)
普段飄々としてることの多い人だけど今はめずらしく少し真剣な顔をしてる。
あたしは特に心当たりなく、車の中からあたしを見つめるなずなちゃんに窓越しに手なんかを振ってると。
「貴女を家庭教師にしたのは私だし、もしそれでなずなに何かあれば彩音を許さないのは当然として責任は私にもあると思ってるわ」
「はぁ……それは立派な心がけだと思いますけど」
このあたしには無用な心配だけどね。
「その上で、一応ちゃんと確認しておきたいのだけど」
切れ長の瞳が鋭くあたしを射抜く。
何か普通とは違う、大切なことを言おうとしているそんな気がして身構えるあたしは
「……彩音ってロリコンなの?」
「へ?」
予想も出来てなかったことに素っ頓狂な声をあげた。
だって……え? ……え?
「こ、この前なずなちゃんと一緒に寝てたことなら誤解って言ったじゃないですか」
「そのことじゃなくて、この前見ちゃったんだけど」
「み、見た?」
って何を? 膝枕、なら未遂だし……他に何かある?
「彩音が小学生くらいの女の子と歩いてるところ」
「え?」
「しかも手まで繋いで随分仲よさそうだったし、まさか本当に小さい子ならだれでもいいとか思ってるわけじゃないよね?」
「と言われても……」
心当たりがない。あたしに小学生の知り合いなんてなずなちゃん以外には……
「あ……」
該当する人物を一人心の中に思い浮かべる。
いるね。小学生ではないけど、小学生らしき相手は。
「……彩音、まさか本当に」
千尋さんの前ではまずい反応をしてしまったうえその後に何も言わないのを不審がられたのかどんどんあたしを見る目が厳しくなっていく。
「あぁぁ、いやいや違うんです。ゆめは……」
彼女だって言おうとした。ゆめの前じゃなくてもそれは言わなきゃいけないことだから。
でも
(ロリコン疑惑をかけられてるのに見た目小学生のゆめが性愛の対象ですっていうのさすがにまずくない?)
それこそロリコンが疑惑じゃなくて、千尋さんの中じゃ事実になっちゃうよ?
「……彩音?」
う、ますますあたしを見る目が不審に満ちてきた。
「ゆ、ゆめはその、と、友達ですよ。今時手を繋ぐなんて普通ですよ」
うわー。我ながらゆめには怒られそうな上に千尋さんを納得させるには程遠い言い訳をしてるなー。
「…………………彩音のこと信頼してないわけじゃないんだけど」
うぅ……わかります。そう言いたいきもちはわかります。
「と、とにかく、確かに小さい女の子は好きですけどロリコンとかそういうのじゃないです。ましてなずなちゃんに手を出すなんてことは絶対にないです」
嘘はつかずあたしはこの話を始めた時の千尋さんにも負けない真剣さで見返した。
「……………」
交差する視線。あたしを試すかのようにこちらを見る千尋さんは
「……ぷっ…あはは」
なぜかいきなり破顔した。
「え?」
なんか笑われるようなこと言った? って首をかしげるあたしに千尋さんは笑いながら続ける。
「普通、ここで小さい子が好きだっていう? あんたロリコンだって言われてるのよ」
「あ………」
う、た、確かにゆめを彼女というのと同じかそれ以上にやばいことを言った気が……
「…ま、一応信じてあげるわ。彩音がロリコンでどんな性癖だとしてもなずなに手を出さないのなら私が気にすることじゃないし」
「いえ、だから……ロリコンじゃ……」
いや、今小さい女の子が好きだと言ったばっかりか。
「あ、あの、だから、あたしは」
「……お母さん、いつまで話してるの」
話を続けようとしたあたしだったけど、いつの間にか窓を開けてこちらを覗いてるなずなちゃんに中断させられる。
「……私だって先生とお話したいのに……」
「あぁ、ごめんごめん。一応話は終わったからもう大丈夫よ」
「……お母さんにはママがいるんだから先生まで取っちゃだめ」
「はいはい。まぁ、あんたに悪い話じゃないわよ。どうもなずなは彩音の好みらしいわよ? ねぇ、彩音?」
「え……?」
「先生……そうなの?」
目を輝かせるなずなちゃん。見た目が小さい美咲でゆめを思わせるところも多いけどこうして普通に子供っぽいところを見せてくれるのはなずなちゃんって感じで可愛いなぁ。
ってそうじゃなくて。
「え、えぇと……その。か、可愛いって思ってるよ」
「……ほんとう……? ……嬉しい」
花の咲いたような笑顔と
「……彩音、信じてるわよ」
圧する笑顔。
二人の対照的な笑顔に見つめられてあたしはあいまいにどちらにもいい顔をするしかないのだった。