「こほっ……ぅ、は」
休み時間の中、保健室にいる私は苦しみながらせきをこぼします。
「ぁ、くぅ……がふ……か、は……」
ベッドの上で胸に広がる痛みを制服をくしゃくしゃにして抑えながら耐えます。
「っあ、はぁ……ふ、ぅ……」
一分もしないで胸の痛みは引いてせきも止まりました。
ただ、時計を見て一分たっていないというのは真実でも私にはとても一分なんかには思えませんでした。
「っんく……はぁ」
この前みたいに血を吐いたわけじゃありませんけど、体が水分を欲しがっていて枕元においてあったペットボトルで水を飲みました。
それから少しすると気分も落ち着いてきて、いつもの私に戻ります。
コンコン。
「っ!」
そこにノックの音が聞こえてきて私は肩を震わせました。
(はるかさん、じゃないですよね……?)
この前せきを聞かれてしまったことがあるので過剰に反応してしまいます。
けど、心配する私をよそに入ってきたのは
「なんだ、彩葉さんですか」
彩葉さん。私の幼馴染です。相変わらず幼い体つきの私とは対照的な体を見せ付けてベッドに向かってきます。
「なんだとはご挨拶じゃない」
「だって、はるかさんじゃありませんから」
「ふぅ。麻理子は相変わらずね。でも、今は遠野さんじゃないほうがよかったんじゃない」
「っ。聞こえてました?」
はるかさんじゃないほうがよかったという彩葉さんの言葉が何を意味するのかわかった私は少し不安を声に表しました。
「少しだけれどね。平気?」
「まぁ、大丈夫ですよ。でも、迂闊でしたね、聞かれちゃうなんて」
「最近多いの?」
「そういうわけじゃないですけど、まぁ、ある時はありますよ。我慢できないくらいなのは」
「ふぅん……」
普段ならもう少し会話が弾むのですが、この件に関して私たちの会話は淡白です。いつもなら、ここで会話が終わることもしばしばですが。
「そういえば、はるかさんに余計なこと話したみたいですね」
今日は少し聞きたいことがありました。
怒っているわけではないですけど、少し鋭い視線を彩葉さんへと向けます。
「……余計かしら?」
彩葉さんも普段の様子とは異なってベッドに座って膝を組みながら私に意味深な瞳をしてきました。
「……余計ですよ」
「どうして?」
「話す必要がないからです」
「そう?」
「そうです。知ってもしかたないじゃないですか」
「……じゃあ、このまま黙ってるの?」
「………………」
決して軽い話をしているわけではないのに淡々と進んだ会話が止まります。
「いくらそんな頻繁に発作がないとはいえ一緒の時間が増えれば、ばれる可能性もその分高くなるんじゃない?」
「……ごまかしますよ」
「遠野さんが悲しむと思うけど? 後でしれば知るぶん、ね」
「………………それは、私とはるかさんの問題ですよ」
私はあまり彩葉さんのこの事について話をしたくありません。もっとも誰とも話したくないといえばそうなのですが、彩葉さんとは特に、です。
もちろん、はるかさんもですが。彩葉さんと話したくないという気持ちは少し特別なものです。
「……なら、そうなさいな」
彩葉さんは少し冷たくそういうとベッドから降りて立ち上がりました。
「あ、これさっきの授業のプリント。まぁ、麻理子にはいらないかもしれないけど」
「いや、受け取っておきますよ。ありがとうございます」
「じゃ、今日はこれだけ。たまには授業うけに来なさいよ」
「まぁ、気が向いたらそうすることにしますよ」
突如変わった話題を定型のように話して彩葉さんは去っていきました。
静かになった保健室で少しだけ彩葉さんに言われたことを考えようとしていたのですが、
「あら、遠野さん」
と、彩葉さんの声が聞こえて私の心はまたかき乱されるのでした。
「あら、遠野さん」
「……こんにちは。彩葉さん」
休み時間に先輩に会いに来た私は保健室の前であんまり会いたくない人に会った。
「なんだか不機嫌そうね」
「べ、別にそういうわけじゃありません」
この人、嫌いじゃないけど……なんとなく苦手。
(……先輩のこと好きだっていうし)
ただの幼馴染としてだっていうけど、なんだかそれだけには思えないし。
「麻理子なら中にいるわよ。会ってあげたら」
「そうするつもり、ですけど」
「そう」
「あの、先輩に会ってたんですか?」
「えぇ」
「何のようだったんですか?」
「さて、何かしら? 貴女にはいえない話かもしれないわね」
「っ……」
やっぱり、苦手。たぶん、こんな風な言い方はからかってるだけなんだって思うけど……こういわれて楽しいはずがないもん。
私がじとっと疑うような目つきをしていたら彩葉さんはクスクスと楽しそうに笑った。
(っ!)
当然、そんなのは面白くない。
私はムっとして彩葉さんをにらむようにしたけど、
「ほんと、貴女って麻理子のこと好きなのね」
すぐにさっきとはまた別種の笑いを見せた。さっきはからかっているというのがわかるようなものだったけど、今度は嬉しそうっていうか純粋に笑っているみたいでさっきみたいに頭にはこない。
「まぁいいわ。ここで話してても私はともかく遠野さんは楽しくないものね。邪魔者は退散するわ。それじゃ、またね遠野さん」
「あ、はい」
私からはほとんど何も言えないまま彩葉さんは去っていった。
からかわれたことや、またねといわれたことは多少気になりはしたけれど、私の目的は彩葉さんじゃなくて先輩に会いに来ることだったので背中を見送ることもなく保健室に入っていった。
「いらっしゃいませ。はるかさん」
「あ、は、はい」
中に入っていった瞬間にそう声をかけられたのでちょっとしどろもどろになっちゃったけど私はすぐに先輩がいるベッドへと近づいていく。
(……………)
その間に私は無意識に先輩の周辺に違和感がないかを注視した。
「まったく困ったものですよね。彩葉さんにも」
「え?」
先輩に完全に意識を集中していたわけじゃない私は先輩が何を言っているのか一瞬理解できなかったけど、すぐに先輩がさっきの会話を聞いていたんだということに思いいたった。
「なんだか遠野さんのこと気に入っちゃったんですかね。あんな風にからかったりなんかするなんて。普段はあんな人じゃないんですけどね」
(むぅ〜、なんですかその言い方)
そんな変なこと言ったわけじゃないけど、その彩葉さんのことわかってるという言い方に私は少し面白くないものを感じる。
「まぁ、でも、少しいじわるですけど悪い人じゃないから嫌いにはならないであげてくださいね」
……別に彩葉さんのこと嫌いだなんて思ってはいませんよ。けど、先輩が彩葉さんを庇うみたいなこと言ったりなんかしたら逆に……、なんていうか逆に……
「……彩葉さん、何の用だったんですか?」
勝手にこんな言葉が口から出ていた。
はぁ……こんなこと疑ってるって思われちゃう。彩葉さんとの疑ってるって、先輩のこと信じてないって思われちゃうよ。
先輩に嫉妬深くて醜いなんて思われたらどうしよう……あ、でも逆にこんなことで疑ってそのくらい先輩が好きって思ってもらえるかな?
でも、本当に彩葉さん言えないような用事だったのかな。もしそうだったら、その言えない事って……
「……はるかさーん?」
バサ!
「ひゃっ!?」
いつものように勝手に自分の思考に迷い込んでいる私に先輩は何か紙を私の顔にぶつけてきた。
「な、何するんですか!?」
「何って、はるかさんが聞いてきたんじゃないですか。彩葉さんが何のようだったのかって。これですよ、これ。さっきの授業のプリントです。たまにこういうの持ってきてくれるって言ったじゃないですか」
「あ……」
確かに先輩が持っているのは授業のプリントみたいだった。
なら、やっぱりさっきのはからかわれただけなの?
「ふふふふ、でも、あんなことで嫉妬してくれちゃうなんて嬉しいです」
「あ……」
色々考えてたことがあった私だけど、この笑顔に骨抜きにされて今は何もいえなくなっちゃうのだった。