暖かみを感じさせる柔らかな照明に、暖色の壁。
雰囲気のよさそうな店内には放課後ということもあり、若い人が中心でにぎやかな様子を見せている。
「……………」
「……………」
しかし、その一角に周りの空気からは隔絶された席があった。
そこにいるのは彩葉とはるか。
互いをはっきりとは見つめず、各々まずは自分の思考に集中をしていた。
ここに誘ったのは彩葉のほうだが、彩葉自身はっきりと自分の意思を固めては居らず、二人の間には重くはないが、晴れやかでもない空気がある。
(……まさか、本当についてくる、なんてね)
まずはそのことを意外に思っていた。まここに来れば話す内容は決まっており、それが決してはるかには愉快でないことは明白だというのにここにきたはるかを彩葉は不思議にも、嫉妬しているようにも思う。
「遠野、さん?」
「はい」
気の乗らないお見合いみたいにいつまでも見つめ合っていても仕方がなく、彩葉はまだ落ち着けない心ではるかに声をかけると、はるかは思いのほかはっきりとした声を返してきた。
「麻理子と、何かあった?」
鼓動が不規則、だ。聞きたくもあるが、聞くのが怖い、というよりも悔しいという彩葉にしか感じられない複雑な感情が心臓のリズムを不規則にさせていた。
「…………」
「まぁ、言いたくなかったら、いいわ。そのうち自分で聞くから」
「……まだ、話してないんですか?」
「っ」
はるかには別に含むところがあったわけではないはずだ。しかし、その何気ない一言が彩葉の心を揺り動かす。
「……簡単に聞いていいことじゃないだろうから」
嘘をついたつもりはないが本心を隠した彩葉は、改めて自分の弱さを自覚する。
「にしても、貴女よくついてきたわね。この前あんなこと言ったのに」
「それは………先輩が、その……意地悪された、だけだ、って」
はるかははるかなりに彩葉に感謝というか、少なくても恨んではいないのだがそれを知らぬ彩葉だったがそのはるかの言い方にそうと頷く。
(……麻理子は、私のしたいこと、わかったみたいね)
もしかしたら、はるかとの関係をおそらく壊してしまったことを恨まれるかもしれないとも考えたがそれでもそのことに後悔していない彩葉はあることを考える。
「……麻理子のこと、知ったんでしょ?」
「……はい」
「……もう会わないほうがいいみたいなこと、言われたんじゃない?」
「っ!!!??」
まさか、図星をつかれるとは思っていなかったのだろう。はるかは、ビクっと体を震わせて彩葉を見返してきた。
「そ、やっぱり、ね。……変わってないってことね、麻理子は」
「どういう、こと、ですか?」
「そう、ね……」
逡巡。これを話していいのかという、自分との葛藤。
「一つ、教えてくれない」
「は、い?」
「麻理子のこと、どう思ってる?」
「…………話が、したい、です」
「……会いたくないって言われたことがわからないわけじゃ、ないでしょ?」
「それでも、ううん、だから、ちゃんと話がしたいんです。この前は……私、何も言えなかったから。ちゃんと」
「……そう」
悔しそうにいうはるかは彩葉の目から見て、本気だと思えた。何を言われたのかはわからなくとも、絶対にはるかにとって辛いことを言われたはずだ。しかし、はるかはこうして麻理子に向き合おうとしている。
「なら、どうして話、しないの? 保健室にはいなくても電話でも、家に行くことだってできるでしょう」
しかし、ここに至り意地の悪い言い方をしてしまうのは、麻理子の幼馴染だという自負のせいだ。
「それは……」
(……いじわる、ね。私は)
ここでどうせ口だけじゃないと、言いたいわけではない。はるかの立場からすればそんなこと簡単に出来るはずがないのだ。
情けない自分から目をそらすようにコーヒーを一口飲んだ彩葉は次のはるかの言葉に驚くことになる。
「もう、しました、けど」
「っ……」
「着信、拒否、されてるみたい、だし……それに、家にも行ったけど、会ってくれなくて……」
「……………」
悲しそうにするはるかを尻目に彩葉は自らの思考へと入っていく。
それは長い時間ではなく、しかし、その間に先ほどからの葛藤に答えを出す。
「……すこし、昔話をしましょうか?」
そして、口に出す。今まで、自分の中だけでしまいこんできた、麻理子にすら話せなかった思いを。
「え?」
「……悪いけど、聞いてくれない? 少しは貴女にも興味あることだと思うわよ。麻理子のことだもの」
遠い目をして、すでに過去を見つめる彩葉ははるかを見てはいなかったがはるかがなんと答えるかはわかっていた。
「……はい」
「それじゃ、どうはなそうかしらね」
彩葉は自分の心を整理するように、目を閉じ話を始めた。
「麻理子、退院したあとも、少しの間は普通に学校来てたのよ。後遺症のせいで、前みたいにとはいかなかったけど、それでも最初はいつもの麻理子だったわ。でも、知ってるわよね? 麻理子がたまに血を吐いたりしてるって」
「あ、はい。……そこまで大したことはないって、いってました、けど……」
「まぁ、ほとんどの時は、ね。でも、あの頃はまだそうでもなくて、ある日、教室でいっぱい血を吐いた。それこそ、机が真っ赤になるくらいにね」
「……………」
「その時の発作が特別なもので、別に入院なんかはしなかったから次の日には学校に来たけど、そこまで。それからしばらく学校を休んで……私が連れ出さなかったら多分、保健室にも来なくなってたでしょうね」
様々な思いが思い出した中には渦巻いているが、麻理子のためにはるかが聞いて意味あることだけを彩葉は的確に話していく。
「……麻理子がどう考えたか、私にはわからない。私っていうよりも、誰にもでしょうね。麻理子じゃなきゃ、わからない。でも、麻理子は拒絶してたわ、私を……学校を、みんなを。それはわかった」
はるかは口を挟まない。はさめる内容でないことはもちろんだが、それ以上に彩葉の話をきちんと聞くことが麻理子のためだと本能的に察したはるかは真剣な表情で彩葉を見つめていた。
「……麻理子は壁を作っていた。はじめのうちは保健室にいても、クラスの友達なんかは会いに行ってたけど、みんなそれがわかったんでしょうね。段々、保健室に行く人は少なくなって、今年になったもう私くらい。……私も、私にも麻理子は壁を作ってた。見えたわけじゃないけど、その境界を私は超えられなかった。親友だけど、そこまだだったわ。手を伸ばせなかった。麻理子に。……自分じゃ、麻理子がそれを望んでいたからってごまかしてるけど……」
(本当は強引にでも、麻理子は世界に入ってきてもらいたかったんじゃないの……?)
一年以上、ずっと頭のすみにこびりついて離れない疑問。それに答えを出す事は不可能でも、思ってしまっていたこと。
「……………?」
黙って話を聞いていたはるかだったが、けど、で止まってしまった彩葉に思わず首をかしげた。
「……貴女なら、もしかしたら、麻理子の世界に入れるかもしれないわね。誰にも心を許さなかったところまで」
「…………」
はるかの反応は鈍い。不安が先立ってしまうのは、仕方のないことだ。すでに、拒絶をされているのだから。
「……貴女は、麻理子の恋人、なんでしょう。できるわよ、……ううん、そうしなさいよ、貴女は麻理子の恋人、なんだから」
「っ!!!」
彩葉から飛び出したはるかにとって衝撃的な言葉。重みがあった。
麻理子への未練と想い重ねた言葉。
「……はい!」
それにはるかは自分だけでは固め切れなかった決意を固め大きく頷く。
「そ。じゃ、行きましょうか」
晴れやかながらもほんの少しだけ悔しさを感じながら彩葉は笑顔になるとレシートを持って立ち上がる。
「え?」
「麻理子の家。私が来たってことにすれば入れてくれるわよ。……後は、貴女しだい」
悔しさはある。子供のころから麻理子を知りすぎている彩葉は、その麻理子を他人にゆだねようとしているのだから。
しかし、それ以上にやはり麻理子の力になれるということは親友として嬉しいことだった。
「はい」
「よし」
力強く頷くはるかに、彩葉は初めての心からの笑顔を向けるのだった。