喫茶店を出てからはほとんど会話もなくて、先輩の家までの道を歩く私は彩葉さんの数歩後ろについていく。
彩葉さんの後ろ姿を見ながら歩くのは少し不思議な気分だった。
私より広く、大きく見える背中からは不思議な感情が伝わってくる。寂しそうなのに、嬉しそうというか、実際に時折見える顔にも笑顔は浮かんでいる。でも、その笑顔も寂しそうでもあって……
……私ってバカだなぁ。
先輩はからかいだなんていったけど、彩葉さんが先輩のこと好きっていったのは全然嘘じゃなかった。ベクトルは違うだろうけど、私以上に先輩のことを想ってる部分もある。でも、それは友達として、今まで一番近くにいた人間としての見返りもないも求めない。ある意味無償の愛っていってもいいものだった。
なのに、私は、彩葉さんに勝手な嫉妬をして、先輩まで疑ったりなんかして……きっと彩葉さんは全部先輩のためにしてたのに。
きちんと応えなきゃいけないって思う。……先輩のことは抜きにしても、私にバトンを渡してくれた彩葉さんに気持ちに応えなきゃって思う。ううん、応えたい。
ホント言えば、迷ってた。後から考えたら先輩が言ってたことはおかしいって思うところがあったし、そうじゃなくてもとにかくもう一回ちゃんと話がしたいとは思ってたけど、本当は怖かった。また、……遊びだったなんていわれたらって思うと。
先輩の今までのことは信じてるから、きっと理由があるって思ったけど、迷いはあったもん。
でも、彩葉さんのお話でやっぱり先輩は、私のこと嫌いなんかじゃなかったって、確信した。詳しい事は先輩に直接聞くけど、私は先輩の力になりたい。
上辺だけの関係だったっていったらおかしいけど、多分私たちはそういう関係だった。目の前にいる先輩しか見てなくて、過去も、未来も私は見てなかった。
見ようとしてなかったし、見えなかった。
けど、今は違うよ。
彩葉さんの話を聞いてどうしなきゃいけないのかわかった気がするから。だから、ちゃんと話をする。
私は、先輩のことが好きで、先輩の恋人なんだから。
そう固く決意した私は、目の前に迫った高い門を見つめるのだった。
「じゃあ、私はここまでね」
「え?」
先輩の家の玄関前。門は、彩葉さんが来たことを伝えると鍵が開けられ、本宅までは一緒に歩いてきたけど、玄関に入ろうとした瞬間彩葉さんはそういった。
顔には先ほどから変わらない、不思議な笑顔。
「まぁ、私かと思ってたらあなただってっていうときの麻理子の顔は見てみたいけど、これ以上は迷惑でしょう?」
「そんな、ことは……」
ないといいたいのは本心ではあるが、二人きりになりたいというもの本当だった。
「少しでも気を使おうって思うなら、それを麻理子に向けなさいな。それじゃあね」
あっさりと、あまりにもあっさりと彩葉さんは踵を返すと、軽く手を振って歩き出す。
「あ、あの!」
きっと呼び止められることを望んでないとは思ったけど、それでもここで言わなきゃいけない言葉。
「ありがとうございました!!」
大きく彩葉さんの背中に向かって声をぶつけると、彩葉さんはほんの少しだけ足を止める。
「…………こっちこそ」
そして、小さくそういった後また歩き出していった。
今度はそれを見送ることなく私もくるりと廻って先輩の部屋へと向かった。
「…………」
このところ毎日しているように私はベッドの上で天井を見つめます。
何気なく私は空に手を伸ばしますが、何故か実際以上に高く感じる天井にはもちろん届かなくて私の手はむなしく空を掴みます。
もっとも、何を掴もうともしていない、何かを掴む勇気もない臆病な手ですが。
「彩葉さん、ですか……」
さっき優衣さんがそう伝えてくれました。
はるかさんだったら、会うことなんて出来ず、もちろん帰ってもらうところですが、彩葉さんでは会わないわけにも行きません。
多分、怒られたり、嫌味を言われたり、もしかしたらはるかさんとのことも少しはいわれるかもしれませんが……それでも私が彩葉さんに会わないということはありません。
それは、はるかさんよりも彩葉さんが上とかそういうことではなくて、今のこの【距離】を望んだ私の責務、といったところでしょうか。
そんな自分に自己嫌悪ですが。
「……………」
私が振り返る道には、未練や後悔ばかりが落ちているような気がします。そこにあった楽しさを忘れているわけではないのに、振り返ったらそればかりが目についてしまいます。それだけ、落とした、……いえ、捨ててきたものが私とって大切で、重いものだったんでしょうか。
答えは私の中にあるはずですが、それを深く考え始めてしまったら私は、私を保っていられなくなる気がします。少なくても、周りに見せている私にはなれない。
もっとも、もう見せる必要もないのですが。
「って、いやですね。後ろ向きなことばかりかんがえちゃって……」
一人になると無駄に口を開いてしまいます。それは寂しさではないと思いたいですが。保健室に行かなくなった、はるかさんを失った寂しさをごまかそうとしているということは嘘ではないでしょう。
「ま、彩葉さんが来るんですからね」
それでも、私は最低限に望んだ距離を保ってくれる親友が来てくれることを嬉しく思いから元気を出すのでした。
これからたずねてくるのが、愛しい愛しい、でも世界で一番会いたくない人物だとは知らずに。