(……なんて、勝手なこと言ってるんでしょうね)
正直言って、そう思いますよ。
私が今までどれだけ悩んで、苦しんできたかも知らないのに、好き勝手なことを言ってくれる。
そう思うのも本心ですよ。
(でも……)
はるかさんを抱きしめながら私ははるかさんの熱と、想いと、鼓動を感じます。
(……嬉しい、んですかね)
自分の気持ちがうまく整理できません。
ただ、はるかさんの言葉は私の心のどこかに隠れていたものをさらけ出させてくれた気がしています。
あの日以来、学校に行かなくなった私を彩葉さんが訪ねてきたとき、私は嬉しかったです。あんなことがあったのに、毎日のように私のところに来てくれて学校に誘ってくれました。
でも、臆病な私は、みんな気にしてない、心配しているっていう彩葉さんの言葉を疑うわけじゃないのに信じ切れなくて教室にはいけませんでした。
それどころか、いつしか彩葉さんが来なくなっちゃうんじゃって不安になってある日彩葉さんが提案してきた保健室登校の話に乗りました。
拒絶しきることも、差し出された手を取ることもしないで中途半端な位置に自分を置きました。
(だけど、本当は……)
最初の頃にはもっと心の表面にあったのかもしれません。もしかしたら、態度にだって出していたのかもしれません。孤独になろうとしていた私は……人と一緒にいるのが怖いくせに、孤独になるもの怖くて、助けを求めていました。
でも、助けてって言葉にすることはできませんでした。
そして、いつしか彩葉さんとは不思議な距離が出来ていて。助けを求める相手すら私は失っていました。
(…でも、けど……それでも、だけど……)
……助けてもらいたかった。
誰の前でも笑顔になれたけど、心の中じゃいつも膝を抱えて涙を流していたんです。独りの世界で。
眠り姫のように、眠り続ける私は、茨を切り開いて私の世界に入ってきてくれる人をずっと、待っていたんです。
「……はるかさん」
そう、きっとはるかさんを。
「……はるかさん」
私を抱きしめる先輩は心が溶けたような甘い声で私を呼んだ。
「大好きです。私もはるかさんのことが大好きですよ」
そして、私の心まで甘く蕩けさせてくれる一言。
「はい」
「これから、いっぱい甘えちゃいますからね。責任、とってくださいよ」
まるで心をくすぐるかのような心地いい言葉。こういうところはやっぱり、先輩なんだって思うな。
「私だって、先輩に甘えちゃいますから、おあいこです」
「ふふ、こういう時は素直にはいって言ってもらえたほうが安心するんですけど。でも、そういうところもはるかさんらしくて、かわいいですよね」
「……それって、ほめてるんですか?」
「さぁて、どうでしょうか」
ちゃかすような態度。でも嬉しい。
(というか……)
幸せな時間を過ごしているはずの私はあることが気になっていた。
それはいまだに先輩に抱きしめられたままっていうこと。
先輩に抱きしめられるのは嬉しいし、胸の感触はちょっと残念だけど、いい匂いはするし、こうしてるのは全然嫌じゃない。
嫌じゃないけど、ここはほら、もっとすることがあるっていうか……したいことがあるっていうか。流れじゃないけど、そのくらいしても全然おかしくないって思うしで……
あぁ、でもこんなことタイミングがよくわからない。わざわざ言葉にするっていうのもおかしいっていうか、恥ずかしいし。
でも、やっぱりここでちゃんと伝えたいって思う。言葉だけじゃない、大好きっていう気持ちを。
だから、その、ええと……
「はるかさん?」
あぁ、でも、こんなこというなんてはしたないような気もするし、それに先輩からしたらそういう場面じゃないような気もするし……
「…………いつもの、みたいですね。久しぶりではありますけど」
けど、ちゃんと伝えるっていうことはやっぱり大切だって思うし、言葉だけじゃ足らないことってあるし……いや、その別に無理にしたいって言ってるわけじゃなくて、ううん、したいはしたいけど、こんなこと言うの恥ずかしいし、えーと……
(そうだ!)
「あ、あの先輩!?」
私はベッドに手をついて力を込めるとさっき先輩を押し倒した状態に戻る。
「あ、おかえりなさい、はるかさん」
「? わ、私怒ってるんです!」
一瞬、変なこと言われてひるんだ私だけどさっき頭をよぎった作戦を実行しようとする。
「へ!? な、何がですか?」
「い、色々です! だ、だから責任取ってください!」
「責任、といわれても……まぁ、ほかならぬはるかさんの頼みですからかまいせんけど」
許可っていうか了承をもらった私は少し、大きく息を吸う。
こんなことわざわざ口にすることじゃないかもしれない。
でも、私は言葉にしたかった。
きっかけの言葉だったから。
「……目、閉じてください」
「目? あぁ。はい、わかりました」
先輩はすぐに私の意図を察したみたいで嬉しそうな顔を浮かべるといわれたとおりに目を閉じた。
ドクン、ドクン、ドクン。
鼓動が加速する。
甘い熱が体を駆け巡っていくのがわかる。
頭も、顔も、胸も。手も、足も。
熱さと甘さに蕩けていくような感覚。
恋と好きに支配された体で私は徐々に先輩との距離を縮めていく。
初めてのキスは唐突だった。
先輩があの時、本気じゃなかったって言うのは悲しいけどわかっちゃった。
だけど、あのキスがなければこうはならなかった。
キスで私たちの関係は始まった。
「先輩……」
「はるかさん」
そして、今また新しい関係が始まる。