「せんぱーい。お昼一緒に食べましょ」

 今日も私はお弁当を持って保健室に行く。

「はるかさん、今日はちょっと遅かったですね。どうかしたんですか?」

 先輩はすでに私たちがお昼を食べる定位置になっている保健室の先生の机にお弁当を広げて私を待っていた。

「四時間目、体育だったんですよー。はぁ、疲れた……」

 私は疲労感の残る体で先輩の横に座ると先輩と同じようにお弁当を広げた。

「ふむふむ、体育ですか」

「……先輩、なんなんですか。その邪な目つきは」

「いえいえ、はるかさんの体操服姿や着替えるところなんて想像してませんよ」

「……着替えは、予想外です」

 体育って言葉だけでそんなところまで想像しちゃうところが先輩らしいっていうか、一言でいうと変態っぽい。

「そういえば昔は、消毒してあげたりなんかもしましたよね。またしてあげたいです。ふふふ……」

「変なこと思い出さないでくださいよ」

「変なことだなんて、二人の思い出の一ページじゃないですか。まぁ、でも今思うと……」

 その時のことを思い出しているのか、先輩はちょっと遠い目をして昔を懐かしんで……懐かしんで……?

(……なんか、先輩さっきからにやけっぱなしなんだけど……)

「……先輩。なに考えてるんですか?」

「っは!? 今いいところだったのに。もう〜邪魔しないでくださいよ。もう少しだったんですから〜」

 なんだか今日の先輩はいつも以上に先輩な感じ。

「想像なんかよりも目の前にいる私と話してください」

「あら、これはすみません」

「とりあえずお昼食べましょうよ」

 中々、食べるタイミングをつかめていなかったけど、この一言でようやくランチタイムに突入する。

「あ、はるかさんの卵焼きおいしそうですね。一つもらってもいいですか?」

「かまいませんけど、先輩っていつも何かしら取りますよね」

「だって、はるかさんのお弁当食べてみたいんですもん」

「作ってるの私じゃありませんけど」

「まぁ、そうですけど、でも、【はるかさんのお弁当】っていう響きでおいしくなりますから」

「はいはい」

「むぅ、最近のはるかさんはなんだか冷たいです。さっきみたいに少し恥ずかしいこととかだってあっさり言ってきますし」

「そりゃ、いつも一緒にいるんですから先輩のあしらい方なんてわかってますよ」

「むぅ……」

 お行儀悪く、箸を口にくわえて先輩はなにやらまた不信な目つき。

………………これは何か考えないといけないですね

「先輩?」

「あ、いいえ、何でもありませんからお気になさらずに」

「……ま、いいですけど」

 あの日の後から、毎日お昼はこんな感じ。たまーに、彩葉さんが一緒になったりもするけど、基本的にはこうして二人で何でもない幸せな時間を過ごす。

 そう、先輩といられる事は幸せだけど、なんでもないこと。

 当たり前のこと。

 こんなに幸せなのに当たり前のこと。

 あの日から、私たちの間で色々なものが変わった。お互いに甘えあえる、弱味を見せられるようにもなっていた。

 それまでが先輩の言葉じゃないけど、恋人と言えてもどこか見えない壁もあった。でも、今は何もない。心の中を全部見せ合って、こんな幸せな時間が過ごせていた。

「っ、と。もうこんな時間ですか」

「あ、そうですね」

 お昼を食べ終えた後、だらだらと他愛もないことを話していたら気づけばお昼休みも終わりになる時間。

 またすぐ会えることはわかりっきっているけど、お別れの時間。

 私たちは広げていたお弁当を包みなおすと二人で席を立つ。

「さて、じゃ行きましょうか」

「はい」

 そして、二人で保健室を出口へと向かう。

 これから教室に戻る。

 私だけじゃなくて、先輩も。

 あの日から変わったことの一つ。

 先輩は保健室にいつかなくなった。もちろん、発作があったり調子が悪かったりすれば保健室に行ったりもするけどほとんどは自分の教室で、ちゃんと授業を受けている。

 最初の頃は周りと色々隔たりがあったみたいだけど、彩葉さんがうまくしてくれたみたい。今じゃ、先輩から彩葉さん以外の友達の話なんかも聞いたりする。

 だから、保健室に行けばいつでも会えるっていうことはなくなったけどでもこれでいいって思う。

 偶然だけど、はじめ勘違いして先輩を教室に戻れるようにして友達をちゃんと作れるようにしてあげようって思ってたのが現実になった形。

 独占感はへっちゃったけど、先輩のためにはこっちのほうがよかったって思う。

「あ、そうだ、はるかさん。週末ですけど、お買い物でも行きませんか?」

「いいですよ。丁度見たいものもありますし」

 だって、先輩は生き生きしてるもん。

 前よりもずっと。

 少し前に聞いたことがある。

 先輩にとってこの保健室はいばらの森だったって。

 逃げ込んで、隠れて、そこで震えていたんだって。

 そこにのこのこ迷い込んできた私は先輩に惹かれ、仲を紡ぎ、先輩を守りながら傷つけるいばらを取り去った。

 ずっと森のお城の中にこもっていた先輩にとって、外の世界を歩く事は簡単なことじゃなかったんだと思う。

 でももう先輩は一人じゃない。

 彩葉さんも、他の友達も、今の先輩には色々な人がついている。

「はるかさーん? お昼休み終わっちゃいますよー?」

 なぜか名残惜しく保健室を眺めていた私は先輩に呼ばれて保健室に背を向けた。

「あ、はい。すみません」

「ふふ、はるかさんのそれはいつまで経っても治らないですね。まぁ、そんなところがよけいに可愛いんですけど」

「も、もう〜何言ってるんですか!?

 そう、先輩は一人じゃない。何があったって独りにさせたりなんかしない。

 だって先輩の隣にはいつだって私がいるんだから。

 だから、もう先輩は大丈夫。

 そんなことを思いながら私たちは、先輩を守り、私たちを引き合わせた思い出の保健室を後にする。

 お互いに甘え合い、支えあうために

 手を取り合って。

 

 FIN

5/おまけ
あとがき

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