キラキラな町並み。建物も街路樹も今年最後にして最大の着飾りを見せて、幸せ色に染まっている。その幸せの中をいく人たちも、笑顔に溢れ町中がクリスマスの魔法にかかったようになっている。
私たちは結花の家でクリスマスパーティーを催していた。「私たち」というのは私の家族と、当然家の主である結花の家族。
毎年クリスマスは私か結花、どちらかの家で家族勢ぞろいでパーティーをすることになっている。去年が私の家だったから今年は結花の家ということだ。
せっかくそういう関係になっているのだから二人きりで過ごしたくなかったかといえばその通りだが毎年恒例でもあるし、こうして家族ぐるみのなにかするというのはたまにしかないので結花と二人きりとはまた別の楽しさがある。
今は食事もひと段落し、私は結花の部屋から出れるベランダで一人外を眺めていた。
かって知ったる他人の家ということで結花もふらっと席を離れている間、ここに来ていた。一階のダイニングでは大人たちがくだらない話に花を咲かせているので避難してきたというわけだ。シャンパン程度で多少酔ってしまったのを覚ます意味もあるかもしれないが。
ここからは百万ドルの夜景とは程遠いどころか比べ物にもならないが、要は自分がみて綺麗で、この幸せの魔法のかかった聖夜に自分が溶け込めているのを感じられればそれだけでいいのだ。
キリスト教徒でもないのに聖夜なんて言い方していいのかは知らないが。
「……さっすがに、寒いわね」
私は手すりをなぞりながらひとりごちた。
温暖化がどうとか騒いでいるとしても、十二月下旬、しかも夜ともなれば寒くないはずがない。ベランダにいるとはいえ外にでる格好でもないのだし。クリスマスだからといって特別な格好でもなく、ベージュのプルオーバーブラウスに、それに合わせたカーディガン、風は通すので外にいるとあまり暖がとることができない。
それはそれとして、プレゼントをいつ渡すかが問題だ。親のいる前でも嫌なわけではないが、やはり二人きりのときに渡したい。今もここに持ってきているがここに結花はいない。
「美貴―、そんなところでなにしてるのー?」
唐突に下から結花の声が聞こえた。
視線を移すと、庭から見上げている結花がいる。
「少し涼んでるだけー」
「もうー勝手に私の部屋はいってー」
「いいでしょ別に。結花なんてたまに私の引き出しとか勝手にあけるでしょうが。そっちこそなにしてるのよ?」
急にどっかいったと思ったら庭なんかにいて。
「私も涼んでるだけだよ。なんかシャンパンでふらってなっちゃったから。ん……? 美貴?」
私は思わず顔をにやけさせてしまった。
……私と同じ理由。こんなくだらないこととはいえ、好きな人と気持ちを共有できるのは嬉しいものね。
「あ、そうだ。美貴は今持ってるー?」
「なにが?」
「プレゼントー」
「あるわよ」
「そっか、じゃあ丁度いいや。今私もそっちいくねー」
と、それから結花がくるまで多少時間が空いた。部屋の前までは来た気配があったのだが何故かドアの前で躊躇というか考え事でもするような間があってそれから結花は入ってきた。
部屋に電気をつけていないせいで結花の姿がうっすらとしか見えない。結花は机の上においてあったプレゼントと思われる包みをとって、何故か一度抱きしめる。
それからすぐに結花もベランダへと出てきた。
「おまたせ」
そもまま私の横に並んで手すりをなでる。
「別にそんな待ってないけどね」
「もう、そうだとしてもここは嬉しそうにするものなの」
そういう上辺だけのことはあんまり好きじゃないっていってるでしょうに。
「っはぁー。やっぱり寒いよね」
結花は大きく息を吐くとそれが白く色づき、しかしすぐに夜の空気に溶け込んで消えていく。
「ふぅ。そうね」
私も息を吐いて、相づちを打つ。
……このパターンは寒いから暖かくしろとかいうパターン、ね。手を繋がされたり、抱けと言われたり、無意味に胸に顔埋めてきたり。
もちろん、嫌じゃないし嬉しいとは思うけど、いつまでたっても恥ずかしさは抜けない。まぁ、二人きりなら恥ずかしさなんかよりも圧倒的に結花への想いが勝ってしまうが。
「………なに? じっと見て」
いつ妙なことをいってくるかと身構えていたら結花は考え込むように私の顔をみてくるだけだった。
「もう一回、はぁーってやってみてよ」
「はぁー?」
「息吐いてみてってこと」
「はぁ? なんでよ?」
いつもってわけじゃないけどたまに意味のわからないことをいうのよね。
「いいから、やってみてよ。あ、前向いてしてね」
「まぁ、いいわ」
抱けとかいわれるよりは、いいけど。……抱くのも嫌じゃない……というか恥ずかしくてもしたくないかといわれればしたいと答えるに決まってるけど。
「はぁぁ」
私が大きくいきをはいてみると
「はぁー」
結花も私のを待っていたかのように息を吐いた。
互いの口から出てきた白い息が空中で混じり合うようにして空へと消えていく。さながら雪の妖精が消えていくように。
そんなに長い時間ではなかったがそこだけ時間がゆっくりになったように見えた。
「もしかして今のがやりたかったの?」
「えへへ、まぁ、ね。なんか美貴と一緒のことするってだけでうれしいもんね」
「相変わらずくだらないことするわね」
「微妙に傷つく言葉だね」
結花は頬を膨らませにこりと笑いながら怒る。それから少しすると片手を空へと伸ばして「あーあ」と呟いた。
「せっかく、こんな寒いんだから雪でもふってくれればいいのにね。ホワイトクリスマスなんてやっぱりあこがれるもん」
「嫌よ、雪なんて。寒いし、すべるし、車が雪を跳ねるから汚れたりするし。大体、結花なんて昔からすべってよく転んでたじゃない。怪我してもしらないわよ」
結花は小さいころから雪が降ると無駄に元気になって、寒くて嫌がる私を連れまわして遊んでいた。
しかも、転んではすぐ泣いていたし。
私はこの時期、特に雪なんて降るのならコタツで丸くなっていたい。
どこかの歌風にいうのなら結花は犬で私はネコということか。
「年寄りみたいなこと言わないの。それにしても夢のないこというよね。そんな夢を忘れちゃった悪い子にはサンタさん来てくれないぞー?」
「……私のサンタなら今、目の前にいるつもりだけど」
少し恥ずかしいながらも素直に言ってみると結花は面白そうな顔をする。
「美貴って夢のないことだったり、あんまりふざけるのとか好きじゃないくせに、たまにそういうこというよね」
「な、なによ、悪いの?」
自分でも少女趣味というか……小説やらドラマに影響されてるってわかってるわよ。
「ううん。私のサンタさんは相変わらず可愛いなぁって思い直しただけ。じゃ、サンタさん、そろそろプレゼントでもしようか」
結花はそういって、特有の笑顔を見せる。
私に少しだけ嫌な予感をさせ、それでいて待ち望んでいた笑顔を。
「じゃ、せーのでいいかな?」
お互いにプレゼントを胸の前に抱えてタイミングを見計らうと結花はそんなことをいってくる。結花のは青い包装紙で、私の赤のとは対照的。
イメージ的には私が青で結花のほうが赤のようにも思うが、多分結花も私と同じように自分が持っていることじゃないくて相手に渡すことを考えて中身だけじゃなくて包装紙からして選んだんだと思う。
もう相手の見えるところにあるのにせーのをやる必要なんてないような気もするが、どちらか先よりは確かに一緒に手渡しをしたい。
結花はすぅっと冷たい息を吸って
「せーのっ。はいッ!」
と、両手で包みを相手の前にさしだして想いのこもったプレゼントを交換する。
「えへへ、やっぱうれしいよね。あけてもいいよね?」
「もちろん。私もあけさせてもらうわ」
「あ、美貴はちょっと待ってて。先に私に開けさせて」
「なんでよ?」
「いいから」
別に無理に反論する理由は無いが止められる理由なんてない気がするけど。
結花はいそいそと私の包みを開けている間仕方ないので中身のわからない結花の包みをみて中身を想像する。
にしても、少し不恰好な包みよね。自分でやったのかしら? 中身は……なんだろう? 大きさからして手袋のような小物ではなさそうだけど、マフラーにしては少し大きい気がするし、セーターとかそういうのにしてはいささか小さいわよね。結花の性格からして、手作りじゃないということはないと思うけど、手編みの定番なんてほかにはなかなか思いつけない。
「わっ、かわいー! キレー」
結花はいつの間にか包装紙をとり、中の箱までも開けてブローチを取り出していた。
片手で月にかざしながらまじまじとブローチを見つめる。
月明かりの中ブローチをかざすとそれが透きとおったようになり、結花の存在もあいまって異様に美しく見えた。
その光景に頬を染めて見惚れてしまう。
「あ、これって美貴が今つけてるのと同じやつ?」
結花のいうとおり私の襟元に今結花に渡したやつとは色違いでお揃いのをつけている。ちなみに結花のはエメラルドグリーンで私のはブルー。
「あ、うん。やっぱり結花とお揃いにしたかったから」
「そうやって細かく気を使ってくれるのも好きだよ。でも、やっぱり手作りのじゃなかったんだね」
「……そっちのほうがよかった?」
こめる想いに変わりはないつもりだけど受け取る側からすれば既製品よりもやはり手作りのほうがいいに決まっている。
「ううん、関係ないよ。それに……」
「それに?」
「……ん、なんでもない。あ、もう美貴も開けていいよ」
何か、たくらむような顔を見せたがそのたくらみも大体予想がつくので、あまり気にしないで私も包みを開ける。
すると、中から出てきたのは一見、変哲のなさそうなマフラーだった。が、取り出してみるとそれが普通じゃないことに気がついた。色や、形の問題ではない。
問題なのは
「……長すぎない?」
そう、長さ。一般的なマフラーの二倍以上はあるように見える。
昔、こういうのはやったわよね。長すぎて危険とかでほとんどみなくなったけど。
「長いよねー。一人でするには長すぎだよねー」
「……まさか、自分も一緒にするとか言うつもりじゃないわよね……?」
「わっ、あったりー」
「………………」
結花のことたまに頭悪いというか、頭弱いって思うけど、これは……さすがに……
「いつもってわけじゃないよ。ただ、たまにはそういうものいいじゃない。で、ものは相談だけど、私は手作りだよね」
来た、と心の中で若干身構える。
「やっぱり、ここはその分もう一つくらいプレゼントもらわないとつりあわないよね」
含みのある笑いをする結花に軽くため息をついた。
「【愛】が欲しい、でしょ?」
「あったり〜」
「はいはい」
私たちは包装紙やらブローチの箱を部屋に片して、結花はブローチを私と同じ位置につける。そして唇をツンと上向かせて目を瞑った。
私は無言で抱き寄せると、
「あ、そうだ。せっかくだからマフラー一緒にしよっ」
「それも、いうと思ったわ」
「あ、別々にするんじゃなくて一緒にしてよね」
「それだと近すぎない?」
「いいじゃない、ちゅーするのには問題ないでしょ」
「わかったわよ」
私はマフラーを手に取ると私と結花の首にくるくると巻いた。少し身長差があるせいでやりづらくはあったが問題なく巻き終えると、本当に目の前に結花の顔がある。
「ふふ、なんかこれだけでも美貴に抱かれてるような気分」
「……私も、そんな感じ」
私はそれだけをいうとほとんどくっついていた結花をさらに引き寄せた。
「あむ……ん……」
そのまま唇を奪う。
「ん…はぁ…ぅ……」
最初は唇をふれあわせるだけで、少しすると私は結花の中へ舌を進ませた。
こういうキスは大体、結花のほうからすることが多いが今日はさっき結花が言ったように私がリードしなきゃいけない。
「クチュ……ペロ、にゅ……じゅ。ふぁ」
「はむ、んぅ……ちゅぁ…ちゅる…はふぅ」
ゆっくりと結花の中をかき回すと結花も私の動きに合わせるように舌を蠢かせていく。
……なんだかんだいっても私だって結花とキスするの好きよね。最初はほとんど恥ずかしいだけだったのも今はするたびにもっとって思う。
「ちゅ、くゆ…はぁ……んっ! 」
暖かな感触を感じながら結花の中を楽しんでいたけど、結花が逆襲するように私の舌ごと私の中に押し返してきた。
もぅ、こんな所でも器用なんだから。
今日は私が【愛】を伝えてあげたいのに。
「あ、ちゅむ……くちゃ、クチュ……ぴちゅくちゅ…! ふぁ、はぁん、ピチャ、きゅぁ…」
私も負けじと舌を返していくと、次第にキスの粘着質のある音が互いの体に響いていく。
「……ふぅん、ぷく…くちゅぁ、ぴゆ、はっ、ゆ、かぁ……」
「……あぅん、ぴぅ…ピチャぁ、みゅ、ふぅ、み、きぃ……」
気づけばどっちも譲らずで激しく舌を絡ませあっていた。
舌、唇、歯、歯茎、舌の裏、口腔の奥。すべてを二人の思うさまにしていく。
互いをいつくしみ、想い、愛していく。
決して離さないとばかりに腕にも力がこもる。
『……くみゅ、ぴちゅぅ……ちゅぅう、クチュ! ……っはぁ! あむ…ピチュ……くゆ…はぅ、きゅぁ……っふ、ぅ……』
唇を離すとどれくらいしていたかわからないほど疲労感に襲われて自然とその場にへたり込んでしまう。
『は、ぁ…ハア…はぁ』
二人で身を寄せ、ぬくもりを感じあいながら息を整えていく。
昔からだけど、キスしてるといつのまにか夢中になって終ったら立つこともつらくなるのはどうかとおもう。
「美貴……」
「結花……」
まだ興奮冷めやらぬ表情で互いを見つめるあう。
マフラーに包まれている私たちは離れようとしても簡単にいかず、そもそもキスが終ったからといってすぐに離れるなんて全然思わずにしばらくその場で鼓動を感じあった。
「あったかいね」
「うん」
「美貴……」
「なに?」
「大好き、だよ」
「……私も」
こうして、ある意味初めてのクリスマスを私は幸せに過ごしたのだった。