今更だけど、私もせつなさんも大学生。
好きな人と一緒に暮らしてるだけでなくてちゃんと勉強もしてる。
せつなさんとは一緒の授業も少なくはないけれど、当たり前ながらいつでも一緒にいるわけではなくて。
「…休講の連絡はもっと早くしてほしいわね」
大学の構内でディスプレイに移る掲示を眺めた私は独りごちる。
この後はせつなさんと一緒の授業だから、もっと早くに休みだってわかってれば一緒にこれたのに。
たまにあんなことをしてしまうということはあっても、基本せつなさんとは一緒にいるし、一緒にいたいのに。
とはいえ、愚痴を言っても始まらず時間をつぶすためにどこかに行こうと歩き出す。
(どうしようかしら)
この時間は知り合い(一応いるわ)もいないし図書館か後は学食でも行こうかと逡巡しとりあえずその場を離れた直後。
「あ、渚ちゃんだ」
不意に名前を呼ばれて立ち止まる。
正面から来るのは、せつなさんの友達……確か、氷川美麻、さん。
せつなさんの同級生で、確かせつなさんが一番にこの大学で話した人だと言っていた。
紹介されたこともあって、せつなさんと一緒の時になら話したことはある人なのだけど
「こんにちは」
「こんには、珍しいねせつなと一緒じゃないなんて」
「授業があるから先に来てたんですが、休講になってたんです」
「あー、まーそういうことはあるよねー。あ、じゃあ暇なんだ?」
「え、えぇ……まぁ、そう、ですが」
迂闊なことを言ったかもしれない。だって、暇かと言われて暇と答えるということはつまり。
「んじゃ、アタシとごはんでもいかない?」
こういうことになりかねないから。
◆
乗り気ではなかったけれど、積極的に断る理由もなく私は氷川さんについていくことにした。
場所は学食で、午後の中途半端な時間なこともあり広々とした学食は人もまばら。
ごはんと宣言した通り、氷川さんはこの時間だというのにカレーと焼きそばを頼み私はそれをぺろりと平らげていく姿に圧倒されながら奢ってもらったコーヒーをすする。
「……すごいですね」
「んー、ま、ご飯食べないと持たないしね。渚ちゃんも少しいる?」
「……遠慮します。この時間に食べてしまうと夜に響きますし」
「あー、なるほどなるほど。ご飯はせつなと一緒にってわけね。仲良しでいいことだ」
「…………」
氷川さん、苦手なわけではないけれど得意でもない。……もっとも得意な先輩はいないのだからある意味一番親しい先輩かもしれないけれど。
「あの……何か用があったんでしょうか」
このまま手持ち無沙汰にいるのは気まずく、そんなあまり聞くべきでないことを口にしてしまう。
「別に、渚ちゃんが暇そうだったから話したいって思っただけだよ? 迷惑だった?」
あっけらかんという姿に、この人とは人種が違うなと思う。私にはない発想だ。
時間があるからそれほど親しくない相手と話をするなんて到底考えられない。
「それに渚ちゃんとは一度話をしてみたかったし」
「え?」
「だってせつなの恋人さんなわけだし」
「………」
驚くというほど過剰な反応はしてないつもり。
はっきりそれを告げたことがあるわけではないけれど、一緒に住んでいるのは知っているし……それに
「……せつなさんとそういうこと、話すんですか」
友達ともなれば恋愛話の一つもするでしょうから。
この言葉を口にしたのには勇気が言った。
「せつなから話すわけじゃないけど、アタシはそういう話好きだからさー」
「……………」
その内容を聞きたいような、聞きたくないような。
どうしようかと逡巡する私は、視線を散らし戸惑いを見せる。
それがこの人の琴線に触れてしまったのか。
「渚ちゃんってかわいいねー。せつなに聞いた通り初心っぽいし。やー、せつなもよく我慢できるもんだ」
(……え?)
深くは考える必要のないことだったかもしれない。話の流れとして無視をしてよかったのかもしれない。
でも、不思議とそれが気になってしまって……
「あ、の。我慢ってどういうこと……ですか」
それを口に出してしまった。
「どういうって……そりゃ…」
「っ………」
自分で言っておきながら聞くのも怖い私。でも、もう今更耳をふさぐわけにもいかなくて
「あ………」
氷川さんの口から続きを待とうとした私は、急に気まずそうな声を出す氷川さんを見てしまう。
その理由はすぐに背後から来た。
「……渚」
大好きな人の声。
「珍しく二人でいると思ったら……何を話しているの?」
話を聞いていたのか、いないのかわからない。せつなさんはそのまま私の隣に座ってきて、私は妙に緊張をしてしまう。
「んー、二人で内緒話かな」
(……誤魔化すんだ)
つまり、それはせつなさんには言えないようなことだったっていうこと……?
考えすぎなのかもしれないけど、でも私はそんな風に思ってしまって
「渚に変なこと噴きこまないでよね」
淡々とつげるせつなさんの胸の内を思わずにはいられなかった。