昼間、もちろん緊張はしてた。

 大学にいてもこれからのことを想うと気が気でなく集中できなかったし、氷川さんとあった時にはいろんな思いが重なってついにらみつけながらも、一応ありがとうございますと伝えた。

 夜のこと、迷いは変わらないけれどもう止まる気はなくて、私は死刑執行を待つような気分と誕生日を迎えるような気持ちを同居させながら

「せつな、さん」

 今、この時を迎えた。

 夕方にせつなさんと帰ってきて、時間も時間だからとごはんを食べて。いつもならお風呂に入ったり、本を読んだり、テレビを見たり、紅茶を飲んだりする自由な時間に私たちはベッドの上で向き合っていた。

 緊張をはらむ部屋。これまでも幾度かはこんなターニングポイントを迎えて、そのほとんどを私はせつなさんに助けられる形で前に進んできたけれど……

 今は。

「渚……」

 ベッドの上で正座をするせつなさんは、少し怯えているような気もした。

 いつも私を優しく導いてくれる恋人でありながら姉でもある姿とは違った、一人の女の子としての姿。

「私、せつなさんに謝らないといけないんだと思います」

 始まりはそんな言い方をした。

「…………」

 せつなさんはこっちを見てはくれないけれど、かまわずに続ける。

「私はせつなさんのことを知っていたのに……ずっとが、我慢させてた、んですよね」

「……渚が悪いわけじゃないでしょう。貴女はまだ子供なんだから」

「違いますよ」

 いえ、その通り。私は子供。せつなさんどころか、同い年の陽菜それどころか、天原で過ごしていた時に後輩相手にすら子供だったのかもしれない。

 でも

 私はせつなさんに迫って、手を取ると自らの胸へと導いて……

「私は……子供じゃなくて……せつなさんの恋人です」

 これまで何度も伝えてきたことをもう一度、かみしめるように言った。

「知っているわ。でも……」

 迷いが見れる。言い訳を探しているような顔。臆病が覗くせつなさんの顔に。

「私、今無理をしています。本当は怖いです」

 私も偽らずに本当だけを伝えることにしたの。

「なら……っ」

「私、せつなさんのためだけに言っているわけじゃないんです。……私……私は」

 言いたくない。怖い。幻滅されるかもしれない。いやらしい子だと思われるのかもしれない。

 今立ち止まったら心に幾重にも想いがつまり何も言えなくなる。だから

「私、だって……せつなさんのことを、求めて……います」

「え……」

「貴女に、触れて欲しいって思っていると言っているんです」

 押し当てた手に力を込めて胸に触れさせる。どれだけ私はドキドキしているか、怖くて震えて、それでも求めているかというのを知ってほしくて。

「そ、それは……渚は、美麻に変なこと言われて冷静じゃなくなって」

「……逃げないでください」

「っ!」

「そうやって逃げる理由を探さないで。私は……せつなさんが好きなんです。……………………じ、いをしてしまうくらいに、です」

「な、渚?」

 顔から火が出そう。頭がおかしくなるくらいに恥ずかしいことを言っている。

 でも、どんなに恥ずかしくてもせつなさんの逃げ道をふさぎたかった。何をしてもせつなさんに私と向き合ってほしかった。

「それがいけないことだって、思いました。けど、そんなことはないですよね。せつなさんを心からあ、愛しているからこその行為だって、気づけたんです。ううん、今でもやっぱりいけないことかなとは思います。でも……けど……」

 うまく言葉にならない。紡ぐ想いは言葉にすると簡単なものにしかならなくて、うまく伝えられてない気がする。

 こんなに、大切で……一生に一度のことなのに。

「それでも……愛だって、思う、から。せつなさんに本当の、気持ちを教えて欲しいんです」

「な、ぎさ……」

 これが正しいやり方なのか、そもそも正しいやり方なんてあるのかわからないけれど私は私のやり方でせつなさんに想いをぶつけ、

「……大好きです。せつなさん」

 優しく彼女の体を抱いた。

「………渚……いい、の?」

 絞り出すようなそれには様々な意味が含まれていた気がする。そのすべてを理解はできなかったのかもしれないけれど、でも……

「はい」

 すべてに私はそう言えるから。

「私は………貴女が好き。世界中の誰よりも、これまでの………誰よりも……だから、貴女を頂戴」

 勇気を出してくれたせつなさんの言葉を心から喜ぶことが出来た。

 

 ◆

 

 互いの気持ちを確かめ合った私たちは改めてベッドの上で向き合う。

 ドクン、ドクン、ドクン。

 心臓が、うるさい。

 血の巡りが早くなって体中が沸騰でもしたような気がするほど熱く、頭の中は真っ白。

 これからされること、することが頭をめぐりその羞恥に体が焼かれてしまいそう。

(落ち着き……なさい)

 必死に自分にそう言い聞かせる。

 覚悟はしてきたじゃない。今更こんなに緊張したらせつなさんはまた臆病になってしまうかもしれないのよ。

「……ぎさ」

 大丈夫、よ。別にこの時のためじゃないけれど、陽菜にはそういう本をいくつか読まされてきたんだしどういうことかはわかっている。

(だ、大丈夫よ)

「渚」

 自分のうちへと思考を巡らせていた私にこの体と心の変調をもたらしている原因の人私へと手を伸ばしてきた。

「ひゃ!」

 腕に少し指先が触れただけなのに私はそんな声を上げて体をビクつかせる。

「……………」

「あ、す、すみません。せつなさん」

「いいのよ。気にしないで」

「…………はい」

 一連の反応、正直言って客観的に見れば、私の心の準備ができているようには思えない。

 私はここまでたどり着くことに必死で、ここからどうすればいいのかは考えてこなかったから。

 けどせつなさんはもう、「やめる?」とは言いだすことはなく今度は優しく肩を抱いてくれた。

(……このままじゃ駄目よね)

 時間をかけるほど早く受け入れなきゃと余計に焦る悪循環になることは明白だ。

 こ、こんな時陽菜に読まされた本なら。

 すがるもののない私はなぜかそんなことを必死に思い出し、似たようなシチュエーションを探す。

「せ、せつな……さん」

 頭の中で似たシーンを思い浮かべた私は顔を上げると、真っ赤な顔となぜか涙目になってしまった瞳でせつなさんを呼んだ。

「き、キス……して、ください」

 そうだ。確か陽菜が最初のほうに薦めてくれた本でこういうシチュエーションがあった。先輩と後輩の話で今の私のように初めてのシーンですごく緊張してて、先輩が優しくキスをしてなだめてくれたところが記憶にある。

「大丈夫、なの?」

 それはキスというよりも、それをきっかけにその先に進むことへの確認だったと思う。

「も、もちろんです。……その…せつなさんに求められたいんです」

「……そんな風に言われたらもう止まらなくなるわよ」

「何度も言わせないでください。せつなさんになら私全部を……あげられるんですから」

 冷静になれば少し過激にもとれる発言にせつなさんは、「わかったわ」と神妙に頷くと。

 私の両肩に手を置いて、

(あ、せつなさんの匂い……)

 それはもう嗅ぎ慣れているのにいつもより少し違うような感じがして、余計に私の心を煽る。

 でも

「好きよ」

 なんて甘く紡がれた唇が私の唇に重なると

(あ……)

 体を充足感が見たす。

 よく知った柔らかな感触と、身近に感じられるせつなさんの存在に少しだけ狙い通り少しだけ緊張がほぐれ

(っ!!?)

 次の瞬間には頭の中が真っ白になった。

 せつなさんの舌先が私の唇を撫で、驚いた私は思わず口を半開きにしたけれどそれがせつなさんの侵入を招き、口の中にせつなさんの舌が入ってくる。

「ちゅ……んゆ、クチュ」

 今までに聞いたことのない音を立てるキス。

 熱く私の中をかき回し、舌先が初めて他人の舌に触れる未知の感覚。

(なに、これぇ……)

 これがどんなキスは知っている。知識としては知っていた。

 そういえば、私……こういうのもしたことなかったんだっけ。

 まさかこんなキスをするとは思ってなかったけど、さっきの会話からするとおかしくはない……ううん、これはきっとせつなさんの勇気、なんだ。

 私を求めたいって、私が欲しいっていうせつなさんの意思、なんだ。

 なら

「ぬ……ぷ、んちゅ……くちゅ…ちゅ」

 頭の中がせつなさんに埋められていくような感覚に私も舌を返していた。

 本能的にせつなさんに応えたいって思いながらぎゅっとせつなさんの背中に腕を回した。

(もっと……)

 今の気持ちをうまく言葉にできない。

 舌と舌が絡めあう音と熱さは私の頭をくらくらとさせ、抱きしめたせつなさんの体に安堵と高揚を同時に感じて。

「ふぁ……渚……」

「せつな、さん…」

 一度唇を離して、どこか現実感を喪失したまませつなさんを視界にとらえると、

「……もう一回」

 先ほどまで重なっていた唇が言葉を紡ぎ再び、私たちは互いを重ねた。

「ちゅ…ぷ、くちゅ……ちゅ」

 ほとんど呼吸もできてなくて、少し苦しいのにでもやめようなんて思えなくて私はせつなさんにされるままになった。

「渚……」

 せつなさんの湿った声で呼ばれて二回目のキスが終わったのに気づく。

(なんだか、頭がぼーっとする)

 それはただの酸欠なのかもしれないけれど私にはそんな冷静な判断ができるわけもなく、頬を赤らめたまま潤んだ瞳でせつなさんを見返すしかなかった。

「渚」

「は……い」

「改めて言わせてもらうわ。貴女が好き、貴女が欲しい」

 感情を宿らせた声と私を真摯に見つめる瞳。

 頭の働いていない私だけどせつなさんの想いはしっかりと感じて

「………はい」

 と頷いていた。  

 

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