「……………」

 彩葉さんがいなくなってから私はしばらくそこから動けなかった。

「何なの……あの人……」

 先輩のベッドを見つめながら私は頭の中でぐるぐると廻る疑問を言葉にせずにはいられなかった。

 正直言って、打ちのめされた。

 あの異質な彩葉さんの言葉は確実に私の心の弱い部分を狙い撃ちしていた。今までただ、の幼馴染だって思っていたから、気にはしていても見過ごせていた部分。

 私よりも先輩のことを知っているっていう埋めようのない差。幼馴染なんだから当たり前で、仕方のないことで……本当に彩葉さんがただの幼馴染だっていうならあきらめのつくことって思っていたけど……

 

 好きよ、この世で二番目にね。ちなみに一番は私。

 

 いつかそう言っていた。

 それはつまり先輩のことが一番好きっていうこと。

 それとさっきの態度を結びつけずにはいられない。

「……先輩」

 私は少しだけ歩いてあるものの側に立つ。

 それは以前、血のついたハンカチを見つけたゴミ箱。

 あのことがあったから私は先輩の違和感に気づくようになった。でも、それは気づいただけ。先輩が話してくれたわけじゃない。言い方を変えれば、先輩は私が先輩の体のことを知ってることを知らない。

(だけど……)

 彩葉さんは知ってる。

 彩葉さんが知ってるっていうことを先輩は知ってる。

(どうして!? 先輩が話したんですか!!?

 なら、どうして私には話してくれないんですか!? 幼馴染の彩葉さんには話して、恋人の私には話してくれない。

 そんなのおかしいじゃないですか!!

 恋人っていうのは……その人にとっての一番で、大切で、信頼できて、何でも相談したりして……それが恋人じゃないですか。

(もしかして……先輩は……)

 頭をよぎった考えに唇をかみ締める。

 そんなことを考える自分が情けなくて、恥ずかしくて……でも、一瞬だけど考えた……。

 先輩は本当は彩葉さんのことのほうが好きなんじゃないかって。

 冷静になれば、そんなことないって思えるのに。彩葉さんと私の差がそんなことを考えさせた。

 先輩のこと疑いたくなんてない。ううん、疑ってなんかないけど……でも……過去の話は仕方なくても、先輩の身に降りかかっている体の異変は今のことで……それを彩葉さんは知っていて私は知らない。

 本気で疑ってるわけじゃなくても……それを完全に否定できなくても仕方ないじゃないですか……

 大体、今日だってどうして、直接私にいないって言ってくれなかったんですか!? なんで彩葉さんからそのことを聞かなきゃいけなかったんですか!!

 直接会わなくなってメールでたった一行ですむようなことじゃないですか。

 なのに、どうして……

 ブーブーブー

「っ!!?

 困惑に打ちのめされていた私の耳に鞄に入れていた携帯の振動音が聞こえてきた。

 そんなのに気を回せる余裕なんてなかったけど、私は鞄を開けて携帯を取り出していた。

 そして、開いたそこに表示されている名前に驚愕する。

 だって、そこには

「……先輩」

 今考えていた先輩の名前があったんだから。

 

 

 震える手……心で携帯の通話ボタンを押す。

「……………」

「……………」

 まずは声が出せない。

「あ、の、はるか、さん?」

 通話が開始されたのに無言なのが不安なのか先輩は心もとなさそうな声を出してくる。

「…………はい」

 沈黙が長かったものの声には憮然としたものが入る事はない。

「あ、ちゃんと出てくれてたんですね。すみませんね今日。もう彩葉さんに聞きましたよね?」

「はい……」

「そうですか。それはよかったっていうのも変ですけど、よかったです。待ちぼうけさせたりしてたら申し訳ないですし」

「……そう、ですね」

 だめだ。抑え切れない。このわずかな会話ですら今の私には重いものだった。

 だって、彩葉さんの名前が出てくるから。

「はるかさん? どうかしたんですか?」

「…………」

 先輩はやっと私の様子がおかしいってことに気づいたみたいだけど、その原因をわかるはずもなくて

「っは! まさか彩葉さんに聞いてなくて今の今まで待ってたんですか!?

 このちゃかしたようにも聞こえたことが私の気持ちを逆撫でした。

「っ……なんで……」

「はい……?」

「どうして、直接言ってくれなかったんですか!? なんで、あの人から聞かなきゃいけないんですか!!

「え? あの、はるか、さん?」

「だって、変、じゃないですか……そんなのって。メールしてくれるだけでも、よかったのに」

 いつもならこんな風なこといわない。先輩が彩葉さんのことを話してきたりしても、こんな疑うような、いじけるようなことは言わない。

(でも……)

「あ、えっと……すみません。彩葉さんと話してたら彩葉さんが自分で伝えるっていうので……それならそれでいいかな、なんて……」

「何が、いいん、ですか……」

「え、あの………………」

 思わず携帯を握る手に力が入ってた。

 のに、手には力が入っていても足は今にも震えだしちゃいそうで、立っているのすらつらいくらいで……

「……………」

 声もうまく出せないほど私の心は動揺していた。

「はるかさん……」

「…………」

「はるかさん」

「……はい」

「……これから、会えますか?」

 先輩のあまり聞かない真剣そうな声。

 今はまだ会いたくないっていう気持ちはある。全然冷静なんかじゃなくて、このままじゃもしかしたら先輩にひどいことすら言っちゃいそうで……でも、彩葉さんとのことがあったからこそ、

「……はい」

 今、会わなきゃって思えた。

 

 

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