あ〜あ、やっちゃった。

 後悔はしてないけど、もう学校にはいけないかなぁ。

 神坂さんがどんな風に話を広めるかわかったもんじゃないし、噂には尾ひれがついちゃうものだもんね。

 暇つぶしになるものがなくなるってだけだから、別にいいといえばいいんだけど何か別の暇つぶしを見つけなきゃ明日からすることないよ。

 どうせ学校行かないんならとりあえず明日はどっか回ってみようかな? 何も見つからなくても時間だけは潰せるだろうし。

(……学校で噂になったらお姉ちゃん、気にしてくれるかな?)

 …………やめよ。もうお姉ちゃんはいないんだから。私のことなんて気にしてくれるはずないんだから。

 それにしても、神坂さんにはちょっとびっくりしたな。いじわるでキスしただけで、まさかあんな風になっちゃうなんて。学校にまったく未練がないわけじゃないけど、今日のあれで少しせいせいしたかな。

 最後に話したのが神坂さんっていうのは皮肉っていうか不思議な感じだけどね。

 あ〜あ、とにかく早く「暇つぶし」をみつけよ。

 だってそうでもしないと一人でいるのがつらすぎるもん。

 だから、そう早く新しいのを……

 

 

 翌日。一日中ふらふらっと街を周った私は帰路についていた。夕方になるし洗濯物取りこんでたたんでおかなきゃいけない。それにご飯も作らなきゃいけないし。

「はぁ〜あ」

 歩きながら深くため息をついてみる。

今日は、図書館とかデパートとか本屋とかを周ってみたけどなんかどこにいてもつまんないっていうか、味気ないっていうか、どこも暇つぶしになりそうなところはなかった。

 図書館はまだしも街中とかお店にいると微妙に周りの視線が気になっちゃうし。補導とかされたらめんどくさい。親に迷惑かけるなんて気にしないけど学校にも伝わるだろうから何かの拍子にお姉ちゃんに知られるのは嫌。

 結局お姉ちゃんのことを気にしちゃう自分が嫌。

 俯き加減だった顔がさらに下を向いてトボトボと紅く染まっていく街を通り抜けていく。途中、帰宅する制服姿の生徒を見ると学校がいかに時間を潰すのに楽だったか思い起こす。

 つまんなくても、目的がなくても、学校に行ってれば自然とやることもできるし、授業とかでいつのまにか時間が過ぎる。こんな風に無駄な一日を過ごすくらいなら、まだ学校にいってたほうがましだったかもしれない。

(今さら遅いだろうけどね)

 学校じゃどんな風に噂になってるんだろ。

「はぁ、明日はどうしよ……ん?」

 何回もため息をついて家が見えるところまで来ると、玄関のところに人影が立っているのが見えた。しかも、学校の制服を着てる。

 少し距離があって一瞬だれかわからなかったけど、目を凝らしてみると特徴のある髪のおかげですぐに誰だかわかった。

 あれは……

(神坂、さん……)

 

 

 なにしてるんだろ。こんな所で。

 っていうか、私の家の前にいるんだから私に用があるに決まってるんだろうけど。

 私は道の角に戻って神坂さんを観察してみた。ちょっと遠いけど道が開けてるからこれ以上近寄ったらすぐに見つかってしまう。

 神坂さんは学校からそのまま来たのか、制服姿にいつものスクールバックを持ってて、落ち着かない様子で空を見上げたり道の向こうを確認したりしてる。

 私が来るのを待ってるんだろうけど。

 向こうからしたら顔も見たくないだろうから、私に直接会いに来るっていうのは、もう大体用も想像できちゃうよね。

(ふ〜ん、わざわざ文句言いに来たんだ)

 昨日あんなになっちゃったくせに会いに来るなんてよっぽど恨み言を言いたいってことだもんね。

 いいよ、相手してあげる。

 私は顔に楽しそうな笑みを浮かべると、電柱の陰から出て神坂さんの元に向かっていった。

「神坂さん」

「っ?!」

 私の名前を呼ばれた瞬間、神坂さんは肩を震わせて私に向き直る。

「私になにか用?」

「えぇ……そうよ」

 私を見たせいで昨日のことを思い出しちゃったのか、神坂さんの目は潤んでいた。

 せっかくパッチリとしてて可愛い目をしてるのにもったいないねぇ。ま、涙目になってるのもそれはそれでおつなのかもしれないけど。

「ふーん、なぁに?」

「昨日の…………」

「きのう?」

「…………き、昨日、募金の集計できなかったから今日先生に怒られたのよ! まったくあなたが休んだせいで私一人で怒られることになったのよ」

 ぽかーん、って拍子抜けした顔を私は今してると思う。そんなこといいに来たはずないのに。

 思い出したくないってことなんだろうけど。

「それはごめんね。用はそれだけ? なら、もういいかな」

 私は鼻で笑うようにしてから神坂さんの横を通り過ぎて門に手をかけた。

「ま、待ちなさいよっ!」

「まだ何か用なの?」

「き、昨日の誰にもいってないでしょうね……?」

「昨日……って何かあったっけ? 募金のほかに?」

 何のことかはわかりきってるけど私はわざととぼけてみる。私が言うより神坂さんに自分で言わせるほうが面白そうだから。

「だ、だから……その……あ、あれよ…」

 神坂さんは赤面しながら恥ずかしそうに腕を組んで視線を泳がせてる。よく見れば体も少し震えていた。

 それが羞恥なのか怒りなのかはわからないけど。

「あれって? はっきり言ってくれないよわかんないよ」

「っ〜〜」

 涙で潤む瞳に憎悪を込めて神坂さんは私をにらみつけてきた。私はそれを黙って受け止めると昨日の神坂さんと同じようないやらしい笑顔を作る。

「……キ、キスのことよっ! 誰にも言ってないわよね!?

「あぁ、それならそうだって早く言ってくれればよかったのに。神坂さんのファーストキスのことだって」

 私の挑発的な物言いに神坂さんは息を飲む。

「う、うるさいっ、言葉にしないで!」

「言ってないよ。今日学校休んでるんだもん、言ってるはずないでしょ?」

「そ、そう。な、ならいいのよ。と、とにかく絶対誰にも言わないでよね。……あなたが誰にも言わないっていうのを守ってくれるなら、昨日のことは……忘れて……あげる、から」

 私にっていうより自分に言い聞かせるようにしてる。

「あなたとあんなことしたなんてバレたら、もぅ…学校なんていけないもの……」

 これはつまり、神坂さんも誰にも言ってないってことだよね。それに当たり前って言えば当たり前なのかもしれないけど知られるのを極端に怖がってるみたい。

(なら……)

 いけない考えが私の中に芽生える。

「ふーん、そうだよね。クラスとか学校の皆になんか知られたくないよね」

「あ、当たり前でしょう! あなただって……っ?!

 私は声を荒げる神坂さんの首元に手を当ててこっちを向かせた。

「ふふふ……」

 

 ちゅ

 

 そして、二回目のキスをした。

「っ!!!!

 ドンっ!

 神坂さんは昨日みたいにされるがままにはならなくてすぐに細い腕にめいいっぱい力こめてを私を突き飛ばした。

「な、なな、なにす……」

 昨日ほどの衝撃じゃなかったらしく、驚きよりは圧倒的に怒りに震えて私のことを鋭く見抜いてきた。

「これも当然、誰にも言えないよね?」

 私は唇の端を小さく吊り上げる。笑ってるのが気づかれないほどに。

「いいよ。黙っててあげる。昨日のも、今のも……これからも、ね」

「これ……から……?」

「そう……これから」

 言われたことが理解できてない神坂さんにゆっくりと、神坂さんの心に染み込ませるように私は耳元で囁いた。まるで、脅迫でもするかの様な調子で。

 神坂さんは本能的に恐怖を感じたのか胸の前に両手を当てて後ずさった。

 うふふ、かぁわいぃ。

「み、皆咲さ、ん……? あ、あなた、お、おかしいんじゃないの……あなただって学校にこんなこと広まったら……」

「ざんねん私もう学校なんてどうでもいいんだぁ。別にやめたっていいもん」

 私はにじり寄って神坂さんを塀に追い詰めていく。

 怯えちゃってるね。ふふ、いつもは強気なくせにちょっと強く迫ったらこんな風になっちゃうんだ。

「でも、神坂さんは違うんだよね? 私とキスしたなんてバレたくないんだよね。大丈夫だよ。私約束はちゃんと守る方だから。ただし……」

 塀にぶつかってもう逃げられなくなった神坂さんはとにかく私から目をそらせようとする。私はそんな神坂さんのほっぺに優しく手を当てた。

「私に逆らわないこと。そうすれば、黙っててあげるよ」

「そ、そん…なの……」

「だめ? ならいいよ無理いっちゃかわいそうだもんね。同じクラスから二人も学校辞めたりしたら担任の先生とか可哀想だよね。どうでもいいけど」

 有無を言わせずたたみかける。

「…う、うぅ、うあぁ…」

 あ〜あ泣いちゃった。昨日も思ったけど神坂さんの泣いてる姿って可愛いなぁ。

 もっと、って思っちゃう。

「やだ? じゃあ、これから私の言うこと聞いてくれる?」

「う…あ…あぅぅ……」

 予想もしてなかったことに対する驚愕と恐怖と不安でパニックになっちゃった神坂さんは震えながら焦点の定まらない目を私に向けた。淀んだ瞳が私の心に小さな波紋をもたらしていく。

 綺麗な目、背筋がゾクゾクってなっちゃう。

「じゃ、もう一回聞くね。私に逆らったりしないで、私のお願いちゃんと聞いてくれる?」

 私の悪魔の問いに、思考もままならなくなった神坂さんは、

「…………はい」

 小さくコクンと頷いてしまった。

 私はそんな神坂さんを見て、今まで誰もみせたことのないような邪な笑顔を作って心の中でほくそ笑む。

 

 

 うふふ、新しいの

 みーつけた。

 

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