「…………………」

 先輩はあまりのことに呆然としている。

(…………………)

 暴走した気持ちを吐き出した私も、吐き出した分だけは落ち着いて保健室に一時の沈黙が訪れる。

(……………………今、私、なにしたの……?)

 な、なんであんなこと言ったの? え? 今の、まるで……

(告白して、ない?)

 遠まわし、っていうかかなり直接的に告白した? 

 うそ、うそ、うそうそうそ。なんで私先輩に告白してるの!?

 全然そういう所じゃなかったよ!? 全然告白するような雰囲気じゃなかった。なのに……なのに!

(告白した……しちゃった!)

 嘘、だめ、変に思われる。今の言い方じゃどう考えても友達としてのヤキモチ以上にしか聞こえない。はっきり好きっていう以上に好きって言ってる。

 変に思われる……嫌われちゃう……先輩に、大好きな先輩に……

「遠野、さん? 今のって……」

「ち、違うんです!! い、いまのは……あの、その、えっと……あの……そういうんじゃ、本気じゃ…いえ、本気…好きなのは……嘘じゃないけど、あっ! ち、違います!!

 なにがどう違うのか何一つ頭の中が整理されていなくて意味不明なことを口走る私。

 あう、先輩変な顔してる。でも、なんだか久しぶりに私の知ってる先輩の顔になって気がする。いつも楽しそうで、私をからかって笑う前の顔。

 私の好きな、先輩。

(か、からかわれるのが好きなわけじゃないから!!

「ふふふ、どうも遠野さんにヤキモチ妬かせちゃったみたいですね」

「そ、そんなこと……っ」

「でも、遠野さんが私のことそんな風に思ってくれてるなんて気づきませんでした」

「あ……」

 そうだ、いつもの先輩になってなんだか安心しちゃったけど……告白したんだ。私。

 先輩は少し困ったように笑いながら首元に手を当てて私を見ている。気のせいか、ただの願望のせいで錯覚してるか……はにかんでいるように見える。

「あは、うれしいのに、なんだか、予想もしてなかったっていうか……その、遠野さんがそんなこと言ってくれるなんて……思ってもみませんでしたから、どう反応すればいいのかわからないですね。そうなったらいいなとはよくベッドの上で妄想してたんですけど」

「あの、先輩?」

 先輩なに言ってるの? 明らかに嬉しそう。それも、いままで見たことないくらい嬉しいっていう感じが体から出てる。

「うん、嬉しいです、遠野さん。あは、こんなに嬉しいものなんですね。好きな人に、好きって言ってもらえるのって」

「ち、違うんです先輩!

 なんだか、先輩勘違いしてる。私は本気で好きっていったのに、まともに受け取ってもらえてない。

「? なにが、ですか?」

 ここで、言わなきゃ、きっともう伝えられなくなる。

もういい、言っちゃえ。

「私、本気なんです」

「は、はい?」

「私、友達、じゃなくてもっと、……それよりももっと先輩のことが好きなんです。本気で先輩のことが大好きなんです」

 頬を不安と羞恥とほんの少しの期待に染め上げながら私は必死に自分の気持ちを訴えた。

 だけど先輩は少し困ったように首を傾げるだけ。

「えぇ、だから、嬉しいですよ、っていったじゃないですか」

 私の一世一代の告白なのに先輩はさっきと変わらず答えを返す。

「それで、私も遠野さんのこと大好きですよ。ってさっきも言いましたけど」

「え、で、でも、あの……先輩は……」

 伝わってない? はっきり友達以上に好きって本気で好きっていったのに。

「で、でも、先輩は私のこと……その、友達として、好き、なんですよね?」

「ん、まぁ、友達としてももちろん好きですけど……?」

 私は先輩に伝わってないって思い込んでて、先輩はそれをわからなくて二人して話の齟齬がどこにあるのかさぐろうとする。

「うーん、となんだか遠野さんにはっきり私の気持ちが伝わってないようだから改めていいますね。私は遠野さんのこと、大好きですよ、友達としても、それ以上にも、本気で遠野さんのことを好きです。もっと言うなら愛してますよ」

「え……?」

 先輩なにいったの? 

 あっさりと、あまりにもあっさりとした愛の告白。先輩からの告白。

「え、……うそ……」

 うそ、うそ、うそ……そんなの、だって……あれ?

「もしかして、いままでそう思われてなかったんですか? 私はずっと遠野さんのこと好きでしたよ。っていうか、好きじゃなきゃキスしたり、ほかにもいろいろするわけないじゃないですか」

(それは……普通なら、そうだろうけど……)

 先輩のは友情の表現で。

(………あれ?)

 よく考えると、先輩はそんなこと一言もいってないし、私が勝手にそう思ってただけのような気が……

(……全部、私の思い込み……?)

 先輩って……最初から私のこと、好きだった、の……?

 そう考えると今まで先輩にされてきたことや、いってきたことが異様に鮮明に思い出されてくる。

 キス、も……告白も、……傷なめたのも、あのジュースも……

「遠野さ〜ん?」

 全部、私が好きで……

(つまり、両想いで……)

 うそっ、うそ……うそ……

(嬉しい、嬉しい、嬉しい!!

「遠野さんてば〜。無視しないでくださいよー」

 そうなんだ、先輩私のこと好きだったんだ。いままでのも全部、好きだから

(っ……!?)

 不意に頭をよぎる、ある一つのこと。

 あの一年生は……?

 保健室で二人きりで、私に会いにきたなんていいながら話してた、子のことは?

「先輩」

「あ、やっと反応してくれましたね」

「あの人は、なんなんですか?」

「あの人?」

「この前一年生の廊下で話してた、人、です」

「……あぁ。なにって、言われましても……え、どう答えたらいいのか、困っちゃいますね」

(困る………)

「ほ、保健室でも話してたことも、ありますよね」

「え、あぁ、はい。ありますね。なんで遠野さんが知ってるんですか?」

「……そんなの、いいじゃないですか。説明してください」

 委員長さんのことはともかくこれは説明してもらわないと納得できない。

「なにって言われましても、この前保健室に来たからちょっとお話してただけですよ」

「放課後、だって話してたじゃないですか」

「あれは、あの子が保健室に忘れ物して取りに来てただけですよ。この前一年生の廊下で話してたのだって、御礼とちょっとした挨拶くらいでしたよ?」

「……そう、なんですか?」

 先輩がうそついているようには見えないし、思いたくもない。けど、いままで先輩のことずっと変な人って思ってたせいか、完全に信じられない私。

「好きな人に信じてもらえないなんて悲しいですねー。恋愛の基本は相手を信じることですよ?」

「あ、ぅ……」

 だ、だって先輩が私のこと好きだなんて思ってなかったから……

 私がどうしたらいいかわからず、あいまいに先輩を見ていると先輩は、いたずらを思いついたように「そうだ」とつぶやいた。

「遠野さんに信頼してもらうため、一つだけ遠野さんのお願い聞いちゃいます」

 

 一つ、お願いしてもいいですか?

 

 頭によみがえる、先輩の言葉。初めて先輩に会ったときの、キスの言葉。

 先輩がどんな意味で言っているのかわかった。

 私は先輩が私をからかうときのような笑顔になった。

 そして、お願いを告げる。

「じゃあ……目、閉じてください」

 先輩も答える。

「ふふふ、はい、わかりました」

 私の言葉の意味を察した顔で。

 先輩はベッドに上がってくると、私のすぐ横にちょこんと腰を下ろした。

「さぁ、どうぞ」

 先輩は期待するようにいって、目を閉じた。

「…………」

 私でも簡単に抱けちゃえるような先輩の体。それを全部私に預けられているような気分に自然と笑顔になる。

(ど、どきどきしてる)

 うるさいくらいに、体が緊張してるって主張している。

 先輩が待ってるんだから早くしなきゃいけないって思うのに体はなかなか動かない。

 だって

(キスってどうやってすればいいのかわからないわよー)

 先輩からされたときはされる側だったし、目を閉じてからどんな風に先輩がしてきたのかわからない。

 思ったとおりのやり方でいいんだろうけど……

「遠野さん?」

 なかなかしてこない私をあきれたように先輩が呼ぶ。

「は、はい」

 そうだ、いまは考え事してる場合じゃない、先輩に恥をかかせるわけにはいかないんだから。

(私のやり方で、いいのよね。うん)

 私がしたいようにしよう。

 私は決心を固めると、先輩の体の横にある手を取ってやさしく握った。

 優しい暖かさ。

 全部、私のなんだから。

「先輩……」

 私は悩ましげに名前を呼んで、私も目を閉じる。

 そして、徐々に先輩の唇に私の唇を近づけていった。

 三十センチ、

 あぁ……私。キス、するんだ。先輩と……大好きな、先輩と。

 ニ十センチ、

 あんな偶然で出会って……こんなことするようになるなんて……

 十センチ、

 ここまでくると先輩の鼓動を感じられる。息遣いを感じられる。

 五センチ、

 もう、ほとんど触れているのと同じくらい。先輩の体温が、優しい熱が感じられる。

 四、

 学校の中の保健室という、普段の生活からかけ離れた場所。

三、

いま、ここは私たちだけの空間。

二、

 私と、私の先輩だけの二人だけの世界。

 一、

 そこで私たちは、二度目のキスを……

 ガラ

「ただいま。藤宮さん? 遠野さん気がついた?」

「っ!!

 私と先輩の唇が触れ合おうとするまさにその瞬間、保健室のドアが開いて、保健の先生が部屋に戻ってきた。

 私は思わず、先輩からはなれて、どうしてこんなタイミングで帰ってくるのかとうなだれるのだった。

 

 

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