そして、その夜。
私の運命を変えることになる夜。
明日の準備のために教科書なんかを整えていた私はあるものを発見した。それは別に何か特別なものなんかじゃなくて、ただのノート。
(返したって思ってたけど……)
転校してきたっていうこともあって、授業には中々ついていけない部分もあってそんな私を見かねて千秋さんが今までのノートを貸してくれてた。
昼間返しに行ったんだけど、どうやら一つ忘れてたみたい。
私は時計を見上げてからノートを持って立ち上がった。
明日でもいいんだけど、就寝時間まではまだ少しあるから返しに行こう。
そんな軽い気持ちだったの。
どこに行くんですかって聞く冬海ちゃんに、千秋さんにノートを返しに行ってくるって伝えて私は部屋を出た。
千秋さんの部屋は同じ階だけど、階の端っこにあって私はその場所を目指して歩いていくと
(あ、千秋さんだ)
目的の相手のことを見かけた。
(あれ? どこか、いくのかな?)
千秋さんのことが見つかったのはいいけど、千秋さんは部屋に戻るんじゃなくて階段を上がっていった。
(もうすぐ就寝時間なのに)
人のことは言えないけど、この時間にわざわざ他の階に行くのは少しおかしな話。内緒でお泊り会をしたりする子もいるって冬海ちゃんは言ってたけど、ばれたりするとバツ当番があったりもするって話だし。
(部屋に置いていってもいいんだけど……)
ここも一つのきっかけ、これから起きてしまうことを避ける一つのタイミングだった。そもそも千秋さんがどこかに行くのなら追いかけてノートを渡すなんてむしろ迷惑だろうし、戻ってくるって思ってるんだから直接渡すのなら待ってればよかった。
でも、私は何も考えずに千秋さんを追いかける決断をしてしまったの。
(? あの階って……?)
吹き抜けになっている階段から千秋さんの姿を追うと、千秋さんは私の想像よりとは違う場所に向かってるみたい。
寮は一階と二階が一年生と二年生の部屋、三階が三年生の部屋なんだけど、千秋さんは三階よりも上に上がって行ったみたい。
てっきり、誰かに会いに言ってるんだと思ったけど。
四階にあるのはおっきなサロンとか、談話室とか、テレビとパソコンがある遊戯室とか、あと、仮眠室があるって聞いた、かな? そんな普通の部屋じゃないものがあるって聞いた、けど。
どれも就寝時間の前には閉まっているから今は誰もいないはず。
よくわからないまま千秋さんを追ってその階にたどりつくと、
(やっぱり、誰もいない、よね?)
等間隔に置いてあるライトが照らす廊下は少し不気味な感じがして怖い。
「千秋さん、どこにいったんだろ?」
不安から少し震えた声を出して、とりあえずと歩き回る。
(いないの、かな?)
でも、階段は上がってきたところにしかないし、千秋さんがこの階に来たのは間違いない。
「うーん、と……」
引き返すべきだったのかもしれない。ううん、ちょっと怖かったしやっぱり明日にしようって思ったの。
「あれ?」
けど、階段へと戻ろうとした矢先廊下の奥からかすかな光が漏れているのを見てしまったの。
蛍光灯みたいな強い光じゃなくて、豆電球みたいな淡い光。
そこに惹かれるように私は近寄っていく。
そのお部屋は来たことのないお部屋。四階の奥にひっそりと存在するお部屋。
(何のお部屋だろう?)
冬海ちゃんに案内された時には聞かなかったお部屋。その少し空いた扉の隙間から
(…………………え?)
信じられないものが見えた。
本当に現実じゃないのかもって思った。
だって、だってだって
「え………?」
そこに見えたのは、二人の人の姿。部屋中央のベッドの上に座る、パジャマ姿の千秋、さん。
それと
(夏目、蘭……先輩……?)
目を奪う金の髪。誰もが羨む美貌。
間違いなくこの寮の憧れを一身に集めるかの人。
(え? どう、して?)
私が驚いたのはそのことだけじゃなくて、夏目先輩のその姿。衣服は身に着けてなく、眩しい裸体がさらされている。
「随分早いんじゃない? まだ消灯時間前よ」
「早く……お姉さまに会いたかったから」
(お姉、さま………?)
最初に思ったのは姉妹だったっけっていうこと。だって、普通は別の意味なんてわからない。少なくても今、この時は知らなかった。
「ふふ、可愛いこと言ってくれるわね」
夏目先輩が手を伸ばして、千秋さんの髪を撫でる。
千秋さんはその手に自分の手を添えると、夏目先輩のことを見つめる。
「お姉さま……」
本当に千秋さんの声なのって疑いたくなるくらいに甘えた響きが千秋さんの声にはある。
「ほらほらそんなに物欲しそうな目をしないの。貴女に憧れてる子が見たらびっくりしちゃうわよ?」
「そんなの……どうでもいいです。私はお姉さまに……」
「はいはい、わかってるわ」
私には意味のわからない会話を続けて二人は、
(う、そ………)
「んっ……」
当然のようにキスを、した。
(え? え? え?)
頭に疑問符ばかりが浮かぶ中
「ちゅ……ぁ……くちゅ……ぁ、は、おねえ、さま……くちゅ」
「んぷ、んっ……ぴちゅ、にゅ……ぱ……可愛いわ、千秋……んっ」
映画やドラマの中で見るのとは全然違うキスをしてた。
私はまだ全然子供だけど、何が起きているのかわからないほど子供じゃない。二人がそういう関係なんだって、察することができた。
だから、こんなの見てちゃいけなくて、すぐにこの場を離れて、明日ノートを返して、何にも見なかったことにして千秋さんと話せばいいんだって頭の中じゃ考えたんだと思う。
でも、
「んく……」
私は、生唾を飲み込みながら二人のキスから目が離せなくなっていた。
この学校での初めてのお友達の千秋さんのキス。
すがる様に抱き着いて、一心に舌を伸ばす激しいキス。
冬海ちゃんの……私の憧れる千秋さんの、キス。
(いけないのに、こんなの見てちゃだめなのに)
体が動いてくれない。それどころか、なんだか……体が……
私は羞恥心と別の感情が体に湧き上がるのを感じて、
「あっ……」
つい、手を滑らせてしまった。
カタンと、大きな音ではなかったけどノートが床に落ちて音を立てた。
その音にこちらを向いた二人と目が合って、私は…………
私は。