岡目八目っていう言葉がある。

 元々は囲碁の用語で、当事者同士よりも周りで見ている人の方が冷静な判断ができるっていう意味。

 蘭先輩と一年さん。

 二人のことを外から見ている私。

 その私の方が二人のことを冷静に見ることができている気がする。

 蘭先輩は軽蔑されていると思い込んでいるけれど、私の目にはそうは見えなかった。

 元々一年さんは蘭先輩をそういう風に見ているとは思ってはいなかったけれど。

 そもそも蘭先輩の思う通り軽蔑されているのならまず、あんな風に視線を送ったりと気に留めたりはしないはず。

 それに昨日、蘭先輩と相対したときの態度とさっきの表情。

 そして、蘭先輩から聞いた話。

 …………一年さんは蘭先輩のことが好き、なんだと思う。

 だって、あの人は蘭先輩とは違う。

 私が蘭先輩にされたみたいに、蘭先輩が【お姉さま】に世界を変えられたみたいにそんな特殊なことを経験してきたわけじゃない。

 それなのに一時の間でも蘭先輩との関係を受け入れたのは好意があるからとしか考えられない。

 最初の一回は同情だったのだとしても、それからの蜜月は一年さんが蘭先輩を想っていた証拠。

 だから、軽蔑した。期待を裏切られたから。

 そして、今もまだ蘭先輩のことを想っている。

 対して蘭先輩はどうなんだろう。

 自分ではわからないと言っていたけれど、本当は違うような気がする。

 でも、蘭先輩の一年さんへの気持ちは一年さんの蘭先輩への気持ちとは違ってはっきりとした好意には見えない。

 それは蘭先輩が特殊な過去を送ってきたからなのかもしれない。恋愛感情を誰かに抱く前に、その先の行為に触れてしまったから。

 もしかしたら恋という感情そのものを知らないのかもしれない。

 だから、自分で自分の気持ちがわからない。

(でも、そういえば)

 好きな人がいるということを教わったのは確か……

 何を知りたいのか、何をしたいのか自分ではまだ探している途中。

 でも、私はある意味この寮での蘭先輩を作ったきっかけになる人と話をしようと心に決めていた。

 

 

 蘭先輩と夜を明かした日の翌日、一年さんの部屋に呼ばれた日。

 私は結局あの後部屋に戻ることはなく、冬海ちゃんにも会わずに私以外で唯一蘭先輩の過去を知る人に会いに来た。

 連絡先は交換してあって、話したいことがあるというと学校の図書室にいるということで言われるままにその場所へとやってきた。

 あまり図書室には来たことがない。

 でもどこの学校にもありそうな規模の部屋と背の高い本棚と、学校の中では珍しい絨毯の床。

 昨今の例にもれずほとんど人気はなく、私は本棚の間を抜けて奥まった場所の長机にいた瑞奈さんの元へとやってきた。

「いらっしゃい」

 手元にあった文庫本を閉じ、私を迎える瑞奈さんは不思議な顔でほほ笑み隣に座るように促してくる。

「ここ、人がほとんど来ないのよね」

「え?」

「寮で話すよりもこっちの方がいいかなって」

 私の心を見透かすように言って、それで話って何? と続ける。

「……………………」

 対して私は口を閉ざす。

 話すことはあるけれど、それを聞くことは勇気がいる。蘭先輩の秘密にもかかわることで、それを無断で話してしまうのは少なくてもいいことのようには思えなかった。

 でもそれに躊躇していたらここに来た意味がなくなってしまう。

「蘭先輩のこと、知っているんですよね」

 そんな切り出し。答えは聞かなくてもわかっているのに。

 答えを聞きたいというよりは、私も知っているという合図。

「なるほどね。自分以外に好きな人のことを知ってる相手が気に入らないと」

 私の意図を察してか瑞奈さんは茶化したように言う。

 心遣いがありがたくも、迷惑であるようにも思えるけれど。

「違いますよ。以前、蘭先輩が一年さんを好きだって教えてくれましたよね」

「……そうね」

「どうして、そう思うんですか?」

「蘭の昔のこと、聞いたんじゃないの?」

「聞きました。好きだったって思うのは当たり前かもしれないです。けど、今も好きだってなんで言えるんですか?」

 それは私が直接蘭先輩の言葉を聞いたからかもしれない。

 自分ではわからないと言っていた。

 それは潜在的に好きだということかもしれないと私は思ったけれど、瑞奈さんも同じように考えたわけが知りたい。

「わかるよ」

「っ」

 穏やかな声色。

 だけど

「だって、私も蘭のことが好きだから」

 その中に凝縮されたような感情の塊のようなものを感じる声だった。

 

11−2/11−4

ノベルTOP/R-TOP