少し私の話をしていい?

 瑞奈さんはそんな風に話を切り出した。

 隣に座る私は、私を見ずに正面……ううん、蘭先輩を見つめる横顔に胸を締め付けられるような思いを持つ。

「蘭のことは一目ぼれ、に近かったかな。まぁ一目ぼれって言っても恋愛って意味じゃなかったけど。蘭はあの見た目だからね。最初から目立ってた。だから同じ部屋になったときには正直ついてるなって思った」

 その時のことを思い出しているのか瞳には懐かしそうな光が宿っている。

「まぁ、襲われた時には正直焦ったわよ。こっちはキスもまだな乙女だったんだから。でも、はっきり言って気持ちよかったかな。知ってるでしょ、蘭のことは。そりゃ上手よね」

「…………そう、でしょうね」

 この学校で私にしか同意を求められない言葉にやりきれない思いを抱きながら頷く。

「訳が分からなくて、しばらく蘭とは話せなくて次の夜。【お姉さま】のことを聞いた」

 これまでは意識的に感情を抑えていたであろう瑞奈さんの声が乱れる。

 【お姉さま】、蘭先輩のお姉さま。

 姿は想像もできないけれど、蘭先輩の後ろに影だけが見える人。

「衝撃的だった。現実感がなさ過ぎて、作り話っていうか映画とか漫画とかそんな話でありそうだっていうくらいに荒唐無稽」

 そうだって思う。普通に生きてきたらそれが自然な気持ち。

「現実感を失った私の前で蘭は当たり前のように理由をつづけた。断るのは簡単だったかもしれない。あそこでおかしいと言えばよかったのかもしれない。私だけが、この寮で始まった秘密を止めることが出来たのかもしれない。今蘭を受け入れれば、私だけじゃなくなるかもしれない。色んなことを考えたわ」

 瑞奈さんの発想はどれも特別なんていうことはなく、当たり前の感想。けれど、表情にはどんどんと乱れが生じて、感情の水面にだんだんと波が立ってきているのがわかる。

 そして、泣きそうな声で「でも」と続けて

「蘭は、嬉しそうだったの。お姉さまのことを思い出して、懐かしそうに笑ってた」

「っ」

 光景を想像して、震えた。

 それは何から来ている震えかはわからない。でも、その時の瑞奈さんから見たらそれはひどく非現実的で感情を刺激したのだろうということがわかる。

「受け入れるしか、ないじゃない。蘭のこれまでを否定することなんてできるわけがない。そんなことをできる方がまともじゃないようにすら思えたわ」

 他人の信じてきた思い出を否定し、積み重ねた想いを崩すこと。

 それは直接相手を傷つけることよりもはるかに恐ろしいことなのかもしれない。

「勝手だけど、私は蘭を守りたいって思った。いつかはその時が来るのかもしれない。けどそのいつかが来ないよう、来るとしても遠くなるように蘭を守りたかった」

(なんて、悲しい決意なんだろう)

 それは最終的に蘭先輩のためにならないときっとわかっていたのに、それでも【守りたい】と思ったその姿に心が痛んだ。

「でも、そのいつかは来た」

「……一年、さんに見られた、こと、ですか」

「……そう。それまでね、蘭が一年さんとまでしてるなんて知らなかった。でも、その日蘭は部屋に戻ってきて、私に聞いたわ。好きな人とエッチをするのがおかしいことなの? って」

 それもまた恐ろしい質問だったはず。

 蘭先輩との絶縁だってありえたかもしれない問い。

「なんて、答えたんですか?」

「……普通だよって答えた。私にはそう答えるしかなかったから。でも私の言葉は蘭には届かなくて、慰めようとした私は初めて蘭に拒絶をされた。でもね、その時に蘭を好きだって気づいたの」

「………?」

「そんなタイミングでって思う? でもね、その時に私は後悔もしたし、力になれない自分が悔しくて気づいちゃったのよ。……同時に私は蘭の恋人になっちゃいけないんだろうなってことも」

 そこで言葉を区切ったけれど理由はなんとなくわかった。

 直接の原因は一年さんだったかもしれない。

 でも、傷を深くしてたのは自分だって瑞奈さんは思っているのだろうから。

「今でも馬鹿だって思うんだけど、私はね、蘭の味方であろうとしたのよ。ことさらにだらしくなって見せた。蘭のまねごとを続けたのよ」

(……そっか)

 だからこの人にどこか嘘を感じていたんだ。

 上辺をとりつくろって人を本気で愛さなかったから。

「まぁ、私の話はそんなところ。ごめんね、関係のないことで」

 ようやく私を見てくれた瑞奈さんに、瑞奈さんの話は終わったのだと理解して、「いえ、そんなことはありません」と答える。

 それに「……そう」と短く答えた姿には再び上辺の姿を見せているような気がした。

「それで、蘭がどうして一年さんを好きって言えるかだっけ?」

「っ。えぇ」

「……鈴ちゃんは見ていてわからない?」

「え?」

 ずっと私を見てくれなかった瞳が、何かを問いかけている。それはわかるけれどその意味までは分からずに首をかしげていると、

「蘭ってね、ずっと嘘をついているの」

「嘘……」

「蘭は感情を出さない。たまに乱れるときもあるけど、ほとんど嘘をつきっぱなし。自分の心をさらけ出そうとはしない」

 ……何が言いたいのか少しだけわかった気がする。

「でも、一年さんのことだけは違う。名前を聞くだけで悲しそうな顔をするし、怒ったりもする。他の誰にも見せない感情を露わにする。それにね、一年さんが関わらないようにしている。まぁ、ただの責任感なのかもしれないけど、私にはそうは思えなかったっていうこと、はっきり言っちゃえば根拠は私がそう思うってだけなんだけどね」

 根拠はそれだけ。確かに、説得力に欠ける言葉だったかもしれない。

(でも……)

 私の中にある様々な情報が少しずつ形になっていく気がした。

 蘭先輩は多分自分の気持ちをわかってはいると思う。

 ただ、認めようとしていないんだ。

 だから、守ろうとしかしない。遠くから一年さんを見つめて、自分が作り出してしまった歪な世界に巻き込まないようにしかしていない。

 責任感からかもしれないし、もう一度拒絶されるのが怖いのかもしれない。

 ただ、一つ確かなのは

(蘭先輩は誰よりも一年さんを強く思っていること)

「………………」

「私としては、貴女にでも蘭のことを奪ってもらえればって思っていたけど」

「だから、私をたきつけるようなことを?」

「……私は多分恋人になっちゃいけないからね」

 それは自分で自分に嵌めた枷でしかないんじゃないですか? と問いかけようとしてやめる。

 多分、自分以外の誰かに蘭先輩を託すこと。それが瑞奈さんのしたいことなんだと思えたから。

「私はそう決めたけど、鈴ちゃんはどうしたい?」

 心の裡をさらした瑞奈さんの表情にはどこか清々しいものがあった。

「……私、は……」

 それを求めるために私はこの人と話をしたかった。

 まだそれがすべて見えたわけではないかもしれない。でも……

 私のしたい、ことは

 

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