私のしたいことが何か。

 瑞奈さんに言えたことは一つだけだった。

 私は確かに蘭先輩のことを好きだったのかもしれない。

 あの人には他の誰とも違う、人間を超えたようなその魅力と妖しさに惹かれたことは否定しない。

 けれど、私はその妖しさの正体を知って蘭先輩が人間であることを知った。

 この寮の影を支配し、時には様々な人を傷つけながらも本当は彼女こそが誰よりも傷ついているということを知った。

 その傷は外から見えるものじゃなくて、彼女の心の奥に寄り添わなければ見えなかった傷。

 もちろんだからと言って彼女のしたことが許されるなんていうことはないけれど、恨みのようなものはなくなった気がする。

 代わりに私の心に芽生えたのは……たぶん、瑞奈さんと同じ気持ち。

 ……そう考えるとやっぱり私は今でも蘭先輩のことが好きだと言ってもいいのかもしれない。

 でも、あの人を幸せにするのは自分じゃないって思った。

 この好意は多分、恋ではないのだと思う。

 なら何かと聞かれるとそれも答えられないけれど、蘭先輩には幸せになる権利がある。

 それだけは思っていた。

 おぼろげながら自分のしたいことの形を求めた私は、いつの間にか夜を迎えていて部屋に戻らざるを得ない時間になっていた。

 そして、私はしたいことのほかにやらなければならない現実を目の前にすることになる。

 

 ◇

 

 この日は朝に部屋に戻ったっきり一度も部屋に帰っていなかった。

 当然っていう言い方が正しいのかわからないけれど冬海ちゃんには朝様子を見たきり会ってはいなかったけれど最後にきちんと話をしないといけないということだけは思っていた。

 何をどう話すかはまだ自分の中でまとまってはいないけれど、少なくても今の関係を一度、断ち切らないといけないということだけは思っているの。

 それは単純に拒絶するという意味ではなく、冬海ちゃんと話をし、謝罪をするということが前提。

 できれば冬海ちゃんと向き合う前に今私がどうしたいかということを明確に決めておきたかったけれど、まだそこまでは達していない。

 でもそれも含めてこれから冬海ちゃんとどうなるかはともかく、話をしなければいけないことだけは確かで私は、その決意を持ちながら部屋のドアを開けると。

「……鈴、さん」

 耳に響いた冬海ちゃんの様子と声に心をひるませた。

 ベッドに居た冬海ちゃんは私がドアを開けた瞬間に私の姿を視線に捕らえ、冷えた空気を引き裂くような声をあげた。

「……昨日、から……どこに行っていたんですか……?」

 ベッドから降りるとふらふらとおぼつかない足取りでこちらへと向かってくる。

 その小さな体からは考えられないような重い雰囲気と威圧感はあるけれど、それ以上にどこか危うさを感じられる姿。

「……寮母さんのところですか? それとも、夏目先輩のところ?」

 冬海ちゃんの声には感情があまり載っていないように感じられるのにそれ故に恐ろしく響く。

 だって、冬海ちゃんにとってそれは感情を込めずに言えることじゃないことのはずだから。

「……冬海ちゃん」

 私からも彼女に近づいて名前を呼ぶ。

 冬海ちゃんの様子が恐ろしくはある。

 でも、それ以上に蘭先輩が私に秘密を打ち明けてくれたように私も冬海ちゃんへ秘してきた気持ちを打ち明けないとという使命感が私を動かしてくれていた。

 もう手の届く距離にきた冬海ちゃん。

 これまでの経験からすれば、この後キスを迫られ体を求められるということを察し、その前に言葉をかけようとしたけれど

「っ……鈴、さん」

 冬海ちゃんは予想外に頼りなさげな声をあげて私へと抱き着いてきた。

「冬海……ちゃん?」

 ぎゅっと力強く私の背中に手を回して胸に顔を埋める。

 それは、まるで小さな女の子が信頼する人に抱きすがるみたいな姿。

「……捨てないで、ください」

 そして、耳に響く哀れみを誘う声。

「……鈴さんが私、こと、好きじゃないなんて……知って、ます。わかってます……でも、私は……私は鈴さんが好きなんです。鈴さんしかいないんです。だから……」

「冬海ちゃん………っ」

 人が変わったかのように冬海ちゃんは私の胸でそんな風に泣きじゃくった。

(人が、変わった?)

 ううん、違う。きっとこっちの方が前の冬海ちゃんに近い。変わったのはむしろ私が彼女を裏切ったからだから。

「………お願い、です……おねがいです。鈴、さん」

 私がこんなことを考えちゃいけないのだろうけど、憐れに……思った。

 好きな人を無理やり繋ぎとめようと優しさにすがり涙を流している。

 狂気の裏で冬海ちゃんはいつもこんな風な不安だったんだ。私を支配することを望みながら心の奥ではいつ私が相手をしてくれなくなるのかってずっと不安だったんだ。

(ごめんね……)

 口にはしなかった。

 そのことを声にしたら冬海ちゃんのことを余計に傷つけてしまうような気がしたから。

 だから代わりに私は

「…………っ」

 冬海ちゃんにされているのと同様に背中に腕を回すと黙って抱きしめる。

「鈴……さん!」

 安心したように力強く私を呼ぶ冬海ちゃん。

 その声を聞きながら私は

(……この子に笑顔になってもらわなきゃ)

 自分の責任で変えてしまった冬海ちゃんのことをどうにか救いたいと願っていた。

 いくらでも他にしなきゃいけないことはある。ここで単純に冬海ちゃんのことを慰めるだけでは何も変わらない。

(……でも)

 髪は乱れ、体は冷たい。こうして抱き合うまでに見た瞳は光がなく脆くなった心が透けて見えた。

 多分、昨日からずっと私を待っていたんだと思う。それどころか今日もずっと部屋にいたのかもしれない。

 ……私を呼びだすことは可能だったかもしれないけど……無理だったんだと思う。

 私は多分冬海ちゃんに強く言われれば冬海ちゃんに会いに来た。そこで受け入れたかはともかく、会いにはきたはず。

 でも冬海ちゃんはできなかった。

 もし私に拒絶されたらと思うと怖くて。

(………………)

 繰り返しになるなんてわかっている。

 でも、ここで冷静に話し合いなんて私にはできない。

 その想いと共に私は冬海ちゃんへの抱擁を解き、ゆっくりと口づけていった。

 

11−4/11−6

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