私は絢さんのことをどう思っているんだろう。
初めはお姉さまの代わりだった。
似ていると思ったこと。そして、お姉さまのいない心の隙間を埋めてくれたこと。
そうして私は絢さんのことを好きになり、体を重ねた。……心をすれ違わせながらね。
その結果があの日、絢さんに軽蔑された日。
……今ならその気持ちは理解できる。共感はできないけれど。
その後私がどうしたかは鈴ちゃんに話した通りだけど、私はその間絢さんのことをどう考えていたのかしら。
軽蔑されてしまって以降、話したことはほとんどない。あっても事務的な会話がせいぜい。
以前鈴ちゃんにも言ったけど、好意を抱いているかと言われればその通り。
でも、その気持ちの正体が自分でもよくわからない。
まだお姉さまの代わりなのか、それとも本当に絢さんっていう個人が好きなのか。
ただ一つ確かなのは、もう関わってほしくないということ。これ以上傷ついて欲しくない。
だから誰にも近づいて欲しくない。
それは私の本音。心からそれを思っているはずだけれど……
それを問われる時がやって来るとは思っていなかった。
◆
あの部屋に来てください。
そう鈴ちゃんに言われたのは放課後、寮に帰ってすぐだった。
「こんな昼間から?」
なんて冗談は言ってみたけれど、そういう意味じゃないのは考えるまでもないわよね。
これからだってそういうことをすることはあるかもしれないけれど、今の鈴ちゃんが求めてくるなんて考えられない。
それに、この数日の鈴ちゃんの行動を思えば話題はなんとなく想像できたし、それは正しかった。
部屋についた私はいつものようにベッドに上がると、鈴ちゃんと向き合う。そこで鈴ちゃんが口にしたのはやはり絢さんのことだった。
「一年さんのことを本当はどう思っているんですか」
口にする鈴ちゃんは真剣な目。それと、この場の雰囲気が茶化したり、誤魔化したりはしてはいけないものだということを思わさせた。
でもね、
「言ったでしょう。好意的に思ってはいるけれど、私にはもうその資格がない。望むのはもう関わってほしくないということ」
私の言うことは変わりようがないのよ。
だって、これが本音だから。
例え、私が絢さんのことをいまだに好きだったとしても、望みは絢さんがこれ以上関わらないこと。それが一番あの人の為だから。
そんなことを頭によぎらせた私は、なぜか胸が痛くなったような気がしてぎゅっとシーツを握り閉めた。
それが鈴ちゃんの望みの行動だとも気づかずに。
「鈴ちゃん、貴女が最近絢さんとよく話しているのは知っているわ。……でも、それが私のためだなんて考えないで。私の気持ちは今言った通りなの。誰ともかかわらないで、これ以上傷つかないでいてくれればそれいいの」
念を押すように言ってしまうのも多分、鈴ちゃんからしたら予想通りいえ、これこそ望み通りだったんでしょうね。
鈴ちゃんは私を見ると、何かを決めたというような顔で言葉をつづけた。
「つまり、それって一年さんのことが好きと言うことですよね」
「っ。何を、言っているの? 好き、というか好意を持っているのはさっきから言っているでしょ?」
「そうじゃないです。蘭先輩はやっぱり、一年さんのことが本気で好きだって言ってるんですよ」
「………っ」
私のことなのになぜか確信をもっているように見える。
「…………」
何かしらの反論をしていいはずなのに、なぜか口を一文字に結んだまま鈴ちゃんを見るしかない私。
そんな私に鈴ちゃんはさらに「勝手なこと」を続けて行く。
「ずっとそう言ってますよね。「誰ともかかわってほしくない」って」
「……そう、かしら?」
自分で言ってきたことだけど、どういう言葉を使っていたかまでは覚えていない。でも、そのことには反論する気にはなれなかった。
鈴ちゃんの言うことを心のどこかで、認めているから……なのかもしれない。
「それって独占したいって言うことじゃないですか?」
「っ、そ……んな、ことは……」
ない、と続けられない。
「誰ともっていういい方が気になってました。エッチなことに近づいて欲しくないのならそうかもしれないけど、誰にも関わってほしくないっていうのは何か変だなって。だって、それって一年さんが誰かを好きになるのだって否定してませんか?」
「……っ!?」
言われて、はっとなった。
「一年さんだって誰かを好きになっていいのに、蘭先輩は誰にも近づいて欲しくないって言う。それって誰のものにもなって欲しくないからじゃないですか」
「それ、は……」
何故か何も言い返せなかった。そんなこと考えたことすらないはずなのに。
「……っ」
予想していなかったことに私は唇を噛み、動揺を隠せない。
(違う……。違うはずよ。私は本当にこれ以上傷ついて欲しくないからで……)
「ぁ……」
自分がわからなくなってしまいそうなところで、ふと手に暖かなものが当たる。
鈴ちゃんの手が私の手を優しく包んでいた。
「蘭先輩は、怖かったんですよ」
「怖かった……?」
「はい。一年さんのことが好きで、諦められなくて。でも、自分からは近づけなくて。だからみんなを遠ざけようとした」
「…………」
何も言い返せずにただ鈴ちゃんの手の暖かさを感じている。
「でも、傷つけたから今更本当に好きだなんて言えない。ううん、言ったって信じてもらえるわけない。また傷ついてしまう。だから、誰にも近づけさせようとしなかったんじゃないですか」
わからない。違うって言いたいのに、その気持ちが喉を通らずに胸の中に落ちていく。
「……………」
「その気持ち、ちゃんと伝えた方がいいですよ。話さなきゃわかってもらえないです。キスをしても……体を重ねても、伝わらない想いはあるから……あるから、言葉にするんです」
「……今更、何を言ったって」
私は絢さんを傷つけたのは変わらない。
「それに、私は絢さんのことを………」
「好きですよ。蘭先輩は、一年さんのことが好き」
はっきりとそれを告げられた。私のことなのに。
「嫌われたと思ったのに、軽蔑されたって思ってるのにずっとあの人を守ろうとしていたんですよね? それに……蘭先輩を軽蔑したのは「お姉さま」じゃないんですよ」
「あ………」
何を言いたいかわかり、思わず声をあげた。
「蘭先輩は一年さんに嫌われたからショックだったんです。「お姉さま」じゃなくて、「好きな人」に軽蔑されたから。……好きってことですよ」
「……………」
もう、何も言えなかった。戸惑っているからだけれど、それ以上に鈴ちゃんの言葉の意味を考えてしまって。
「その気持ち、ちゃんと伝えた方がいいです」
「で、も」
「このまま伝えないで終わったらきっと後悔しますよ。……「お姉さま」の時みたいに」
「……ずるい、いい方ね」
お姉さまの時は気持ちを自覚していたわけではないけれど。鈴ちゃんの言いたいことは伝わった気がしてそんなことを言ってしまっていた。