日本に帰ってきて、この学校に通うようになってから私は明らかに変わった。

 けれど、これまではあまり変わってしまった自分について考えることはなかった。

 ……どうでもいいって思っていたから。

 以前と違う私はあまりにこれまでと乖離がありすぎて、自分だと思いたくもないくらい。

 唐突に初めてを奪われた自分。

 好きでもない人とエッチとする自分。

 好きな人と愛のないセックスをする自分。

 ほとんど見ず知らずの先輩と肌を重ねる自分。

 いやらしいことをすることにもされることにも慣れてしまった自分。

 あのみんなの憧れである蘭先輩が私によって乱れることに倒錯した快感を得ている自分。

 そんないくつもの自分とは違う自分がいて、それを私はどこか他人のように思おうとしていたのかもしれない。

 こんなのは私じゃないってそう思い込もうとしてた。

 でも……

 ……………冬海ちゃんに催した劣情。

 蘭先輩たちとの時間はあくまでも非日常のことだった。知っている人たちだけの内緒の時間。

 それだけなら……よかった。

 冬海ちゃんとの時間は私の時間。私が過ごしたかった普通の時間。

 その相手に私は欲情していた。

 あの華奢ながらも女性の特徴のある曲線的な体に性を感じてしまった。

 病気の後輩への罪悪感と、激しい自己嫌悪。

 そして、他人に思おうとしていた自分が紛れもなく私だったっていうことを思い知らされた。

 こんなにエッチやいやらしい女の子なんだっていうことを……自覚せざるを得なかった。

 もうきっと戻れないところにいる。

 そのことを空恐ろしく感じるのに、千秋さんに嫌われたということが自暴自棄にさせ、私は更なる深みに落ちていくことになる。

 

 

 春川さんと千秋さんって喧嘩でもしてるの?

 たまにクラスでそんなことを聞かれるようになった。

 蘭先輩のものになってから寮ではぎぐしゃくとしていたけど、クラスの中では変わらず仲のいい友だちでいてくれたのに、この前のお風呂の一件以来一言も話さなくなった。

 千秋さんは私のことが嫌い。ううん、多分憎んでいるって思う。蘭先輩のことを取った私のことを。

 そんなつもりなんてないけど、蘭先輩が私のことをある程度特別扱いしてるのも事実。

 自分が蘭先輩の一番だなんて思いたくないし、実際に違うはずだけどそれでも蘭先輩は私のことを他の子よりも気にかけているって思う。……少なくても千秋さんよりは。

(……どうして、蘭先輩は私なんかのことを気にするの?)

 グラウンドを見渡せる校舎二階の踊り場で私はそのことを考えていた。

 私より蘭先輩にとって「いい子」なんていくらでもいると思うのに蘭先輩は明らかに私との時間を増やしている。

(それに、千秋さん……)

 眼下に広がるグラウンド。そこで一心に汗を流す千秋さんを見つめる。

 ランニングシャツとショートパンツ姿で駆ける千秋さんはここから見ても凛々しく眩しく輝いている。

 引き締まった体で風を切るその姿からはとてもこの前、お風呂で見せたような様子や蘭先輩の前で見せる姿なんて想像ができない。

 従順に盲目的に蘭先輩に従う千秋さん。それと、お風呂でのあの言葉。

 

「私には、お姉さましかいないのに……」

 

 そんなことないわ。

 千秋さんの周りにはたくさんの人がいる。友達がいるじゃない。

 なのに、どうしてあんなことを言ったの?

 私はもう千秋さんの友だちじゃないかもしれないけど、千秋さんにはクラスにも寮にも友だちもいれば、冬海ちゃんみたいに憧れている後輩だっているのに。

(どうして千秋さんは……)

 と、答えの出ない問いに苦悶していると

「だーだれ?」

 はしゃいだ声と共に手で目を覆われた。それと、背中によく知ってしまったふくよかな感触。

「……蘭、先輩」

「正解」

 私が小さく言うと蘭先輩は再び茶化したような声で言って密着してた体を離した。

「何か、ご用でしょうか」

「見かけたから声をかけただけ。けど、悩みがあるなら聞くわよ?」

「……別に、ありません」

「そう? 難しい顔をして外を見てたじゃない。女の子の憂い顔も魅力的とは思うけど鈴ちゃんにはそういう顔は似合わないわよ」

(誰のせいだと……)

 なんていうことは口に出せるはずもなく私は口を結んだまま視線を逸らした。

「……………」

 気まずい沈黙が流れる中蘭先輩は

 ポンポン、と軽く頭をはたいてから撫でてきた。

「え?」

「私にじゃなくてもいいけど、何かあるのちゃんと周りに吐き出した方がいいわよ。独りで悩んでてもいいことなんてないから」

 それは蘭先輩を知る私には違和感すら感じる言葉だけど、でも慈しむようなその声と頭に触れた手はとても優しくて。

「………………はい」

 とつい頷いていた。

「ふふ、よしよし」

 軽く抱き寄せられて頭を撫でられる。

 その優しさは本物のような気がして

(……この人は一体なんなの?)

 そう思わざるを得なかった。

 その姿をグラウンドから千秋さんに見られているなんて思いもせず。

 

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