帰ってからも冬海ちゃんの様子は元には戻らなかった。
話しかけれ、普段通りの応対をしてはくれてもそれ以外の時間はほとんど上の空。
部屋に戻ってからも夕食の時間もあの事が頭から離れないようで、私だけじゃなくて一年生の他の友だちとも話していない。
きっと一人であの二人の幻影に心を惑わされている。
冬海ちゃんは蘭先輩にはもちろん、千秋さんにも憧れている。というよりも、もしかしたら私と同じように千秋さんのことが好きなんじゃないかって思うことだってあった。
そのくらい冬海ちゃんは千秋さんのことをよく私に尋ねていた。
その千秋さんの裏の……本当の姿。
凛々しく、快活で誰からも好かれるような千秋さんの本当の姿。蘭先輩に焦がれ、求め、満たされていない千秋さんの姿。
冬海ちゃんの受けたショックがどういうものかはわからない。
千秋さんと蘭先輩がそういう関係だと知ったからか、女の子同士でキスをする姿にか、自分の理想と違う姿に驚きを受けたのか。
いくらでも考えはつくけれども……私には彼女をどう慰めていいのかわからないの。
だって、私と冬海ちゃんじゃあまりに違いすぎるから。
私にはもう今日見た二人のことにびっくりはしても、異常には思えない。私と冬海ちゃんじゃ立っている場所が違いすぎて何を言えばいいのかなんてわからないの。
ただ、それでも気にはしていて……夜。
(なんだか、眠れない)
皆が寝静まった宵。
暖かなベッドに身を包めても眠気は一向にやってこない。
(……やっぱり、あの事を考えているから?)
昼間に見た千秋さんと蘭先輩のことは気にはなっている。今思えば、かもしれないけれどあの時は少し蘭先輩の方が困ったような雰囲気だったような気がする。
学校でしてたことも含めて何か今までとは違うことだったような。
「ぁ……ふ……ん」
(ん?)
二人のことに思いを馳せていた私だけれどふと、耳に届いた声に頭をかしげる。
くぐもった声。
「ぅ、ん……ぁ……」
気のせいじゃない。確かに声が聞こえる。
他に雑音があれば届かないような小さな声。夜のこの時間でもなければきっと気のせいかなと思っていた。
それと………衣擦れの、音。
(まさか……?)
って思ったのが最初。あの冬海ちゃんがそんなわけないと否定をする。
でも
「……ぁ、……はあ、ぁん」
熱のこもった吐息と、布の擦れる音が耳を澄ませばはっきりと聞こえてくる。
それは私も経験のある音で……
(……してるの? 自分で?)
多分、間違いないって思った。冬海ちゃんはオナニーしている。
あの純真で、小さくて、妹みたいにも思っていた冬海ちゃんが自分を慰めている。
(………………………)
気づかないふりをするのが正しいんだろう。こんなことは誰にでも起きえることで、見ないふりをすることが普通で、当たり前で、正しいこと。
それはわかっている。
わかっているわ。
本当に、わかっているのよ。
(…………………私は壊れてるんだな)
ふと、そう思った。
冬海ちゃんが自慰をしている理由はいくつか想像がつくし、その中に正解もあるのかもしれない。
私は音を立てない様にベッドを抜け出した。
(……つらいよね。驚いたよね。苦しいよね)
理由をつける。
自分の中で勝手な物語を想像する。
きっと冬海ちゃんは千秋さんを好きで、でも二人の関係を知ってショックを受けて、行き場の失った千秋さんへの気持ちを持て余している。
多分、私の作った物語はこんなところ。
自分の中でその物語は理由になるし、その理由に説得力もある。
だって、私はそうだから。千秋さんへの気持ちをどうすればいいかわからないから。
もし、冬海ちゃんが同じ痛みを抱えているのなら
(…………………私が、慰めてあげる)
いつかの蘭先輩のような笑顔で私は
「冬海ちゃん」
と声を開けた。