瑞奈先輩と関係を持った後には後悔をした。自分が何を目的として、何をしているのかわからない。

(……私はどういう人間なの?)

 好きな人がいるくせに、先輩のものになっていて、同じ痛みを持つ後輩を手籠めにして、特に理由もなく別の人とまで関係を持って。

 エッチがしたいわけじゃない。あんなのは心を紛らわすための手段なだけ。

(……こんなことするために日本に戻ってきたわけじゃない)

 なじめなかった外国の学校。両親とはなれる不安はあったけれどそれ以上に日々が辛くて、戻ってきてからも不安があったけれど、でも……千秋さんと友だちになれたから大丈夫だって思ったのに。

 今は、こんなことになってる。

「……落ち込んでるね」

 自分が今何をしてて何を求めているのかわからない。こんなの私じゃないっていう自分がいて、こんなのが私かなって思う自分もいてそんなことを思えてしまうことに落ち込んでしまう自分がいる。

「……ふぅ」

 私はため息をつきながら放課後の校内を歩いていって、ある場所に向かう。

「………………ふぅ」

 その場所に着くともう一度ため息。

 そこは校舎の三階。理科室とかそういう特別教室なんかの階で放課後にあまり人通りはない。

 その階の廊下と階段の曲り角。

 そこは千秋さんと初めて話した場所。

 気持ちが落ち込んだときにはたまにここに来るの。

「…………千秋、さん」

 もっと落ち込めるから。千秋さんのことをだけを考えられて他の不安を別のところに追いやれるから。

(……ここで千秋さんと出会わなかったらどうなっていたのかしら?)

 千秋さんと仲良くなることも、好きになることもなかった? ……蘭先輩と千秋さんの関係を知ることもなく、私は普通の生活ができたの?

 私が求めた普通の生活を。

(……それとも)

 千秋さんがいてくれなかったら周りになじむこともできないで外国にいたころと同じになってた?

 考えても答えがでるわけじゃないってことはわかってる。私がただ、落ち込みたい。

 悩んで自分を可哀そうだって思うためにここにいるだけなの。

 それと

「…………」

 三階の窓からは校庭が見下ろせる。眼下には様々な人の姿。

 ……千秋さんもいる。今日も一途に前を見つめながら走っている。ここからじゃいるっていうことくらいしか見えないけれど、千秋さんが真剣に陸上と向き合って輝きながら走っている姿は具体的に想像できる。こうして疎遠になる前はよくその姿を見ていたから。

 ここからなら見つめられる。教室や、自分も校庭でなんて……もうできない。私に気づくたびに千秋さんは冷たい目で私を見つめた後に何事もなかったかのように目をそらすから。

(あぁ……落ち込んでるわ)

 千秋さんのことを考えるたびに心が沈んでいく。

 ……それで、いい。いいの。

 悩みのすり替えができるから。認めたくない自分じゃなくて、可哀そうな自分に同情できるから。

 そう、歪んだ心の安寧を求めていると。

「あれ? 鈴さん?」

 私を現実に引き戻す声が聞こえた。

「冬海、ちゃん」

 少し、狼狽える。

 何も悪いことをしていたわけではないけれど、私にとってここは秘密の場所で、秘密の時間だったから。

「どうかしたんですか? こんなところで」

 寮で一番私を求めてくるのは彼女だけれど学校じゃそんなことはなく、普通の……ううん、仲のいい後輩でしかない。

 それは、ある時期の千秋さんとの関係に似ているかもしれなくて……別の意味で落ち込んだ。

「ちょっと……外を眺めていただけ」

 千秋さんのことを考えているなんて言えるわけもなくて歯切れ悪く答える。

「ふーん?」

「冬海ちゃんこそ、どうしたの?」

「私は先生のプリント出しに行ってたんですよ。予定ないんだったら一緒に帰りませんか?」

「あ……」

 どうしようかと悩む。見られてしまった以上、ここにいる目的は果たせないのだから冬海ちゃんの提案に乗ってもいいんだけれど。

「…………」

 ちらり、と校庭に視線を送った。千秋さんが視界に入って、顔をしかめる。

 それを冬海ちゃんに見られていた。わずかな時間のはずだけれど、冬海ちゃんは私と同じものを見た後に今度は私を見つめて

「……………」

 悔しそうな顔をした。

 私はそれに気づけない。初めて冬海ちゃんと関係を持った時と同じように。

「…………鈴さん」

「え……? んっ!!?」

 いきなり唇を塞がれた。

「ぁ、っ……ちゅ」

 頬と後頭部に手を添えられて引き寄せられる。

「ぁ、んちゅ……っ…は、ぁ」

 冬海ちゃんからの急な口づけを受けながらも動揺した私は彼女の肩を掴んで引き離す。

「……ど、どうしたの? いき、なり……」

「……ねぇ、鈴さん」

「っ……」

 今度は腕を首元に回された。

 正面に見える冬海ちゃんの顔はどこか表情がなく。声には暗い感情。淀んだ瞳。

「…………………一緒に、帰りましょう」

 必要以上に長い沈黙の後冬海ちゃんが口にしたのはそんなセリフ。

(……他に言いたいことがあるような気がした、けど……)

 それを直感のように感じた。でも、そのことを追及気にはなれなくて

「…………えぇ。わかった」

 私も沈黙の後にそう答えて、なぜか

 ちゅ。

 冬海ちゃんの頬に口づけをしていた。

「帰りましょう」

「……はい」

 並んで歩きながら、今日の夜の予定が決まったことを理解した。

 

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