夜を重ねる。他者を支配する愉悦と、心の渇きをごまかすための夜。
一時の興奮と幸福と快楽。
それは遅行性の毒のように終えた後に心に蝕む。
罪悪感と虚無感、無力感。
さまざまなものが重なり私の心を食い破ろうとしていく。そして、それから逃れるためにまた心をごまかす。
そんな悪循環。いつどこで断ち切ればいいのかわからない。
「…………ん、ぅ……」
一緒に眠るベッドで冬海ちゃんが穏やかな寝息を立てている。
年相応の無垢な寝顔。庇護欲を掻き立てられる、まだ幼い姿。
それを変えているのは私。
回数を重ねていくほど、彼女は激しく私を求めてるようになっていた。それもどこか盲目的に。
それはまるで蘭先輩としているときの千秋さんを思い起こさせるもので……
「……………」
気づくと千秋さんのことを考えてしまう自分がいる。
それは私がまだ千秋さんを好きな証。
「……すず、さん……」
「…………」
寝言で名前を呼ばれて、はっとなった私は冬海ちゃんの頬を軽く撫でてからベッドを抜け出た。
気づけば外はもう明るい。
気分転換に外にでも出てみようと私は身支度を整えると冬海ちゃんを残して部屋の外へ出て行った。
「あれ……?」
窓の外から思いもしない人物が見える。
「………本当に、頑張ってるんだ」
それは私の想い人。
部活の朝練か自主練か、まだ六時を回った程度なのに運動着姿で寮の周りを汗を流しながら駆けている。
引き締まった体と綺麗なフォームは見惚れるには十分で私はしばらくその様子を眺めていた。
不思議な人。こんなに一生懸命になれるものがあるのに、蘭先輩に依存している。
ただ想いを向けるだけというのなら納得できるような気がするけど、千秋さんは自分をきちんと持っている気がする。
クラスでは飄々としながらも誰とでも仲よく、学業や学校の生活の中で大きな不満や悩みがあるようには見えない。
こうして部活動にも人一倍真面目に取り組み結果も出しているという。
そんな人がどうしてあんな人に傾倒しているんだろう。
「………」
「すーずちゃん」
「きゃ!?」
考え事をしていると、急に後ろから抱き着かれた。
「おはよ」
耳元をくすぐるような声。背中に感じる千秋さんとも蘭先輩とも違う感触。
「おはよう、ございます。瑞奈先輩」
背筋を震わせながらも腕から逃れて挨拶をする。
「早起きなのね。それとも、朝帰り?」
(……………)
この人は好きじゃない。私をそういう風にしか見ていないから。
もっとも今の言葉を否定はできないのだけれど。
「さぁ、どうでしょうね」
余裕のある表情を浮かべる。こうやって嘘の仮面をつけるのも得意になってしまった。
「先輩こそ、どうしたんですか?」
「私は早く起きちゃっただけよ。昨日は蘭がいなかったから早く寝てたし」
「そうですか」
蘭先輩が他の子のところに行っていた。それは珍しいことじゃないどころか普通のことに感じてしまうけど、
(……もしかしたら千秋さんと……?)
千秋さんは今外にいるし可能性は低いのかもしれないけれど、そう思うと沈んでしまう。
「ところで」
多分この人は私が落ち込んでいることに気づいていない。頬に手を添えて私に例の瞳を向ける。
「今夜、大丈夫?」
「……ふぅ、まだ朝ですよ?」
「鈴ちゃんって人気ありそうだし早めに予約しておいた方がいいかなって」
「……ふ」
それは間違いではないかもしれない。人気はともかく冬海ちゃんに求められたら断ることはめったにないから。
「……わ」
かりましたと答える寸前。
「あれ? 珍しい組み合わせね」
「っ」
私をこんなに元凶がそこにいた。
「おはよう、蘭。帰ってくるの早くない?」
「ん。あぁ、寝てないだけよ」
「相変わらず、すごいねぇ」
「ちゃかさないでよ」
(……すごい会話ね)
少なくても朝っぱらから年頃の女の子が話すようなことじゃない。
「それで二人は何してたの?」
「早起き仲間でお話ししてだだけよ」
「ふーん、そうなの?」
目の前で話していた相手じゃなくてなぜか蘭先輩は私に視線を投げた。
普段私を見つめる瞳とかどこか違う瞳。探るような印象を受けた。
「……はい。そうですよ」
「ふーん?」
淡泊な会話。
そういえば蘭先輩とは最近話すことも減ったし、こういう空気が多くなっている気がする。
「それじゃあ、瑞奈先輩、私は失礼しますね」
どことなく居心地の悪さを感じて私は軽く礼をすると回れ右をして早々にその場を後にした。
「あ、さっきのこと考えておいてね」
背中に空気の読まない瑞奈先輩の声にはいと反応し、私を心配そうに見つめる蘭先輩の瞳に気づかずに。