「寮母さんのこと?」
ある日の放課後、冬海ちゃんとあまり顔を合わせたくないこともあって下校時間ギリギリまで図書室に残っていた私は帰る途中で部活の終わった千秋さんと一緒になった。
「今度は寮母さんが気になるの? 鈴ってば意外に節操ないね」
「そ、そういうことじゃなくて」
「あはは、冗談だって」
「も、もう」
陽もほとんど沈む中寮までの最後の一本道を行きながらようやく戻ってきた千秋さんとの日常を味わう。
「んー、といっても私もあんまりよく知らないな。あんまり関わってこないよね。仕事とかは真面目にやってる感じだけど」
「そう……」
それは私が持っている印象と同じだ。
「ごめんね。力になれなくて。でも、仲のいい子はいるかもしれないし誰かに聞いてみよっか?」
「ありがとう。けど、大丈夫。少し気になったっていうだけだから」
「そっか。でも、気にはとめとく。鈴が気になってるんなら力になりたいからね」
千秋さんはそう言って笑った。
その笑顔に私はこの学校に来た時のような居心地のよさを感じて安心する。
その後は寮母さんのことじゃなくてようやく終わったテストのことを話したり、何でもない時間を過ごしながら寮へと戻っていって
「それじゃね。鈴」
先に私の部屋の方が近いからそこで別れの挨拶。私も同じように返そうとすると
「あ、そうだ。夕ご飯は一緒に食べない?」
「そうする」
「りょーかい。じゃ、またね」
軽く手を振って千秋さんは去っていく。
こんな話ができる仲に戻れたことが嬉しい。
けれど、嬉しい時間はここで終わる。
「ただいま」
自然と緊張してしまう体で私は部屋に戻っていくと。
「おかえりなさい、鈴さん」
冬海ちゃんが明るい声であいさつをしてきた。
「え、えぇ……ただいま」
笑顔の冬海ちゃんの勢いに押されもう一度行って部屋へと入っていく。
「遅かったですね」
「ちょっと、図書室に行ってたから」
「そうなんですか。なら、私も行けばよかったかなぁ」
「よ、読みたい本でもあったの?」
「いいえ、鈴さんがいるならって意味です」
「そ、う」
テストが終わったくらいから冬海ちゃんの態度は変わった。テスト前は私が彼女に触れようとしない……体の関係を求めようとしないことを不満に思っていることを全面に出していたけど今は不自然なほどに明るく少し前の闇を感じさせない。
「あ、お茶入りますか?」
「大丈夫、すぐご飯だし」
「そうですね。さっき千秋先輩と約束してましたしね」
自分の机にいた冬海ちゃんはそう言って立ち上がろうとしていた体をもう一度イスに戻した。
「聞いてたの」
「はい、最近よく話してるの見ますけど仲直りできたんですね。私も嬉しいです」
「あ、ありがとう」
この明るさがむしろ不気味に感じてしまって私は話しをそらす意味も含めて彼女の机にあるものに視線を写した。
「勉強、してたの? テストが終わったばかりなのに偉いね」
机にノートが置いてあるのを見て私はそう尋ねるけれど
「……あぁ……これは、勉強じゃなくて」
一瞬、冬海ちゃんの空気が暗く変わり
「なんでもないです」
そして一瞬の笑顔で取り繕う。
「そ、う?」
彼女の気持ちに私は気づけていなくて、もし気づいていたとしてもすでにこの時点ではどうしようもなかったのかもしれないけど、この時はまだ不審しか抱けていない私だった。