寮母さんと別れてから部屋に戻ると冬海ちゃんの様子に違和感を覚えた。
最近は帰ってくればおかえりと明るく迎えてくれるのに、今日は机に座ったままぼーっとしていて私がただいまと言うとようやく、おかえりなさいと小さく返してくれるだけ。
例のノートにも何も書いていなくてただ机で呆けている。
残り少ない一日の中冬海ちゃんはずっとそんな感じでほとんど会話もなかった。
「そろそろ電気消すけれど、大丈夫?」
「……はい」
様子がおかしいものの、今の私には踏み込む勇気がなく各々に勝手な時間を過ごしていると消灯の時間になって、私は冬海ちゃんに確認をすると電気を消してベッドに入った。
おやすみなさいと互いに声をかけあって電気を消す。
「……………」
それほど眠気があったわけではなくて私はなんとなしに天井を見つめている。
こういう時に普通の人がどんなことを考えるのかは知らないけれど、私は次の日のことを考えるよりもその日にあったことを思うことが多い。
この日にあったことと言えば当然寮母さんのこと。
衝撃的という言葉では片づけられないほどに驚きだった。寮母さんを意識するようになってからはまだ数日ではあるけど、あんなことをする人だなんて想像もできなかったから。
(……蘭って呼んでいた)
どういう意味なのだろう。蘭先輩の好きな人はあの人で……でも、あの人は蘭先輩を想いながらあんなことをして。
「わけ、わからない……」
一体どういう関係なのか、何もわからない。それは考えてもわかることではなくて……私は別のことに思考を移す。
(それにしても)
何でも言うことを聞くから黙ってという提案には驚いた。むしろこちらから言ってもよさそうな言葉を相手から言われるとは。
言いたくなる気持ちもわからないでもないけれど、それでもやっぱり異様なことだとは思う。
(一番は蘭先輩とのことを聞くことだと思うけれど)
ただそれを知ったところで何をしたいのかが自分でもよくわかっていない今はまだその時ではない気がしている。
ガサ
「っ!?」
ならいつになるのかと考えようとしていたところで、冬海ちゃんのベッドの方から音がした。
また、あれをするのかと身を固めたけれど予想とは違うところから物音がしている。
「?」
なんだろうと思いつつ音を立てずに寝返りをして冬海ちゃんのベッドの方角を見つめると
(何を、しているの?)
机についているライトを照らして背中を見つめるとその背中が小刻みに動いている。
それとペンを走らせる音。
(あれを、書いている?)
そうとしか考えられない状況。何故この時間になってという疑問は湧き、それ故に冬海ちゃんの背中に注視をする。
「……んで……」
基本は無言でペンを走らせているけれど、時折小さな声で何かをつぶやいている。
「わけ……ない……」
聞こえてくる声には並々ならぬ感情が乗っているような気もすれば、無機質にも響くような不思議な声色だった。
「せっかく…………らめよう……って……」
いや、やっぱり感情は込められている。ただそれを隠そうとしているだけ。
はっきりとしたことなんて言えないけれど、冬海ちゃんは今何かにものすごく揺さぶられている。
思えば夜に部屋に戻ってきた時からおかしかった。
(今、書いているものに冬海ちゃんの気持ちが込められているのだとしたら……)
それを覗くことは多分彼女の意志を無視したことになるんだろう。心の中に土足で入り込むと言えるかもしれない。
散々踏みにじっておいて今更罪悪感を感じるなんて偽善者かもしれないけれど。
「……………………すず……さん」
おそらくは私を想いながら、気持ちを綴る冬海ちゃんに対して責任を取らなくてはいけないという想いは私の中に確かにある。
(……千秋さんに協力してもらおう)
寮母さんのこともどこかに着地点を持って行かなくてはいけないけれど今はこちらを優先するべきだって、どこか泣き出しそうな冬海ちゃんの背中を見つめながらそう思っていた。
その決断をするのがほんの少し遅かったということに気づかずに。