千秋さんに協力をしてもらうこと。
それは、簡単に言ってしまうと冬海ちゃんの足止めしてもらうこと。
つまりは私は冬海ちゃんのあのノートを盗み見ようとしている。
あのノートは大抵は机の引き出しにしまってあって鍵も冬海ちゃんが持っていることが多い。
でも、たまにそうじゃない時もある。
忘れてるのか、意図的なのかはわからないけれど、見るチャンスはある。
少し見る程度ならそのわずかな隙を狙えばいいのかもしれないけれど、全部を見なければ冬海ちゃんの心はわからないような予感がして、そのために千秋さんに協力を頼んだ。
道徳に反することだとわかっていてもそれが冬海ちゃんとの関係において必要なことだと感じていた。
(と、思っていたのに)
千秋さんの協力を仰いで冬海ちゃんのノートを見ると決めてから一週間。冬海ちゃんは隙を見せなかった。
どこに行くにも鍵を持ち歩いている。まさか無理やり鍵を奪うわけにもいかずこの一週間は何も進展せずに過ごした。
変わったこともいくつかあったけれど。
一つは寮母さんと話すことが増えたということ。寮母さんからすれば監視という意味も含んでいるのかもしれないけれどちょっとした雑務などを頼まれることが多くなった。
戸惑いもあるけれど、ある意味利害関係のようなもので繋がっていることを考えれば妙な信頼感はあるかもしれない。
もう一つ変わったことは冬海ちゃんのあのノートのこと。
私の前でほとんど書くことなくなり、代わりにこの前のように夜私が寝静まったことを見計らって書いている。
何故そうするようになったのかはわからない。何かきっかけがあったとも思えないのに、気づけば冬海ちゃんは夜に自分の想いを綴る様になって、しかも、私のベッドに忍び込んでくることもなくなっていた。
千秋さんに最初お願いをしたころとはさまざまな条件が変わってきているけれど、それでも私はこの冬海ちゃんへの背信にもなる行為を止めようとは思っていなくて、ようやくチャンスが訪れた。
その日は放課後まっすぐと部屋に帰り、冬海ちゃんは最近となっては珍しく部屋でノートを書いていた。
そして、夕食時千秋さんが誘いに来て一緒に部屋を出ていくことになったけれど、冬海ちゃんは鍵をかけないどころかただノートを机に置いていくだけで部屋を出た。
あとは事前にお願いしていた通りに千秋さんに冬海ちゃんを引き留めてもらって私は夕食もそこそこに部屋に戻ると
「…………んく」
冬海ちゃんの机の前であのノートを手にしていた。
そのまま冬海ちゃんのイスに座って、盗み見ているという背徳感と中身を見る緊張に胸の鼓動を高めながら表紙を開く。
「……………」
誰に向けてこれを書くんだろう。多分、私になんだろうけど……それだけじゃないのかな。
始まりはそんな、不思議な文が書かれていた。
鈴さんとはもう駄目なんだろうなぁ。なんでこんな風になっちゃったんだろ。なんで勘違いなんてしちゃったんだろ。
でもしちゃうよね? だって、あんなことしてくれたんだもん。
鈴さんを好きになったけど、最初は多分無理だなって思ってた。だって、女の子同士だしそれに鈴さんは全然私を見てくれてなかったから。
私が部屋にいても気づけば夜部屋を出てたりしてたし、私といるよりも他の人といる方が楽しいんだろうなって勘違いしてた。
無理だって思っててもでも好きな気持ちは消えてくれなくて、そんな時にあれを見たんだっけ。
びっくりしたなぁ。千秋先輩と蘭先輩が学校でキスしてたんだもん。そんな関係だなんて全然知らなかったし、学校でなんて驚いたけれど……うらやましいって思った。私も鈴さんとそんな関係になれたらって……その日はずっとキスの事ばかりが頭を巡ってて、ベッドに入っても変わらなくて…鈴さんとだなんてありえない妄想に体が熱くなって……
って、ここまで書く必要ないよね。でも……勘違いしちゃうよね。
鈴さんも私のこと好きだからしてくれたんだって。普通はそう思っちゃう。
けど………違った。
鈴さんは私のことを好きなんかじゃなかったんだ。
そこまで読んだだけでも胸が、心が痛くなった。改めて私のしていることはやってはいけないことだと思い知った。
(私を、好き)
それを今更驚いているわけじゃない。私こそなんで冬海ちゃんが千秋さんを好きと勘違いしてしまったのだろうと罪悪感が湧き上がって胸の痛みに顔をしかめた。
なんてことをしてしまったんだろうという後悔と私なんかが感じていいことじゃない良心の呵責。
「けれど……だから、こそ」
私は震える手でページをめくっていく。
その後しばらくは内容はともかく、書いてあること自体は私の予想の通りだった。
冬海ちゃんの気持ち、私に向けていた想い。
私が……冬海ちゃんを好きでしているわけではないという気づきと、それを自覚した時の絶望と、私への不信。不信を抱いたとしてもそれでも、私がしてくれるならそれでいいという悲愴な決意。
私が蘭先輩とのことが気になって、冬海ちゃんを相手にしなくなった時のことについては、飽きられたのかという不安と寂しさが綴ってあって、読んでいて胸がつぶれてしまいそうなほどに痛みを感じさせることが書いてあった。
それから、千秋さんと仲直りしたことについても書いてある。
冬海ちゃんは少し勘違いしていたらしく、私が千秋さんと仲直りしたのを恋人関係になったということと思ったみたい。
(……そうだったら素敵だったかもしれないけれど)
友だちに戻っただけで冬海ちゃんが想像したようなことじゃない。
このノートを見る限り冬海ちゃんはそこで一度私のことを諦めようと思っていたらしい。私が幸せならそれでいいと、諦めなきゃいけないんだろうとかいてあり、私のベッドに忍び込んでいることについても触れてあって、私がおそらく気づいているであろうこととそれでもこのくらいは許して欲しいということが書いてあった。
ここで終わるのであればこれは冬海ちゃんが自分の気持ちにけじめをつけるために書いていたということで済んだんだろう。
でも、このノートを見る決断をするのが遅かった。
そう、せめてあの日の前に見るべきだった。
次に書かれていることを呼んだ私はそう後悔せざるを得なかった。