あれはなんだったんだろう。

 寮母さんと鈴さん。どういう関係なんだろ。

 わけわかんない。

 なんでも言うことを聞くから黙っておいて? 寮母さん鈴さんにそう言ってた。

 あれはどういうこと? 鈴さんが寮母さんのことを脅してたの? 何をしてそういうことになったの? 黙ってなきゃいけないことって何?

 鈴さんは千秋先輩と付き合ってたんじゃないの? 

 ……誰でもいいような人だったの? 鈴さんが初め私を慰めてくれた時、あれは鈴さんが優しいからだって思ってた。私が千秋先輩を好きだって勘違いしてて、あんなところを見たからショックだと思って慰めてくれたんだって思ってたのに……あれは鈴さんの優しさだって思いたかったのに……違うの? 

 誰でもよくてたまたま私にできる理由があっただけ? 

 せっかく、諦めようって思ったのに。千秋先輩となら仕方ないって納得しようって思ったのに。

 ……鈴さんはそういう人、だったの?

 わけわかんない……わけわかんない………わけわかんない………

 なんで? どうして?

 私はただ遊ばれてただけで、飽きられちゃっただけ? 

 鈴さんは鈴さんは………………鈴さんのことなんて………

 ……私は………

 

「っ………」

 そこまで読んで一度、ノートを閉じた。

 これが書かれたのはあの日、寮母さんとの間に秘密を作った日。あれを見られてた? しかも一番見られてはいけないところを。

「はぁ……あ」

 運動をしていたわけでもないのに異様な疲労感が体を襲い、呼吸を整える。

 この先に何が書いてあるのだろう。何を綴ったものなのだろう。ここまでは理解のできるものではあった。

 けれど、この先は触れてはいけないような闇が存在するような気がする。

 一瞬手を離しそうになったけれど、首を振って再びノートを開いた。

(違うでしょ)

 そのためにこれを見にきたんじゃない。冬海ちゃんの心に入っていくために千秋さんにお願いしてまでこんなことをしている。

 それを思い直し私は続きを読み始めて行った。

「ん………っく」

 決意はしたけれど、それでも読むのを後悔してしまいそうなほど内容だった。寮母さんとの一件以降に書かれていたのは冬海ちゃんの暗い部分。

 冬海ちゃんの私への気持ちが変わっていくのが手に取る様にわかる。私への不審、侮蔑、怒り、失望。

(あぁ………)

 遅かった。こうすることが遅かった。寮母さんとの件の前までは冬海ちゃんは自分の処理しきれない気持ちを吐き出しているだけだった。

 その時に話しかけるべきだった。そうすれば仲直りができたかもしれない謝って許されることではないけれど、それでも謝ることはできた。

 けれど今となっては……

 胸に渦巻く無力感と圧倒的な後悔に私はしばらくノートを持ったまま動けずにいて、そんな私の背中に

「あ、やっぱり」

 ドアが開かれる音と共にそんな声が聞こえた。

 底抜けに明るく、それ故に恐ろしい響きを持つ冬海ちゃんの声。

「あ………」

 罪悪感と、冬海ちゃんの本心を知ってしまったことによる恐怖で私はまるで動けず口を半開きにしたまま、迫ってきた冬海ちゃんがノートを取り上げるのをまるで他人事のように見ていた。

「千秋先輩が用もないのに話しかけてきてたし、そうじゃないかなぁって思ったんですよね」

「あ……ぅ……」

「せっかく置きっぱなしにしてたんだし、そうなるかなぁって思ったけど、鈴さんって意外にわかりやすいことするんですね」

「っ!?」

 その一言で私は察した。彼女は私がノートを盗み見る機会をうかがっていたのを知っていて、あえて隙を見せたのだということを。

 私はそれにまんまと乗り、こうして恐怖に怯えている。

「あ、の……その……ごめ―っ」

 ごめんなさいと続ける前に冬海ちゃんの人の変わったような鋭い視線を私を射抜き固まってしまう。

「いいんですよ。私、怒ってなんかいませんから」

 その言葉が逆に恐怖心をあおり、

「……ところで私、鈴さんにお願いがあるんですけど」

 悪魔のような誘いに頷くことを余儀なくされるのだった。

 

8−6/8−8

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