夕食は冬海ちゃんと一緒であることが多いけれど、いつもということじゃない。あの日記をつけていたころは冬海ちゃんは他の友達と一緒にいることはあまり多くはなかったけど、今は精神的に違うのか友達なんかには普段の姿を見せていることが多い。
そんな冬海ちゃんは友達に誘われていて今日の私は一人で夕食を取っていた。
一人で食事をしているといろいろな音が耳に入ってくる。みんな自分たちの話に集中していて誰かに話しが聞かれているなんて考えもしてないのか食堂だというのにあけすけな話をしていることも多い。
「ねぇ、蘭今日って大丈夫?」
そんな中ある人の名前に反応してその場所に聞き耳を立てている。
「えと、今日は……」
「ダメです。今日は私が蘭先輩にしてもらうんですから」
「あ、っと……」
「相変わらず蘭は人気ねぇ。まぁ、なら私は明日でいいかなぁ」
「……………」
背中越しに聞こえてくる声に私は体をひねってかの人のことを見つめた。
彼女からしたら珍しくない誘いに即答はしていない。スープに口をつけて目を顰めている。
(………なんだか、困ってる?)
気のせいかもしれないけれどそう見える。自分を取り合う二人に視線をよこさずどこか諦めたようにスープを飲み、緩慢に置く。
「……わかった。じゃあ、あの部屋にきて」
「はーい。えへへー久しぶりだから嬉しいなぁ」
何をするかということを考えれば異常な会話なはずなのにそれほどおかしく思えない私。そのこと自体が異常だけれど、それよりも気になることがある。
(……どうしてあんな風に困っているの?)
どうせきっかけは蘭先輩からなのだろうに。
「そんなことよりも、あんまり大きい声で話さないの」
「はーい」
今更常識人ぶるその姿は怒りを感じるというよりも純粋に疑問を感じさせるものだった。
「やっぱり好きな人のことが気になっちゃう?」
隣から聞こえてきた声に私は無感情にそちらを向いて
「そんなんじゃありません」
と、隣に席を取った瑞奈さんに返答した。
「じゃあ、なんで蘭のこと見てたの?」
「……いつも通りだなって思っていただけです」
「いつも通り、とは違うんじゃないかな」
蘭先輩を一瞥してからそう言う瑞奈さんの言葉に心の中だけで頷く。
結果はいつも通りに見える。けれど、蘭先輩がどこか辟易としているようにも見えたのは私の気のせいではないみたい。
「だとしても私には関係ありませんから」
心に反して声を紡ぐ。
「なら気にしなきゃいいのに」
「だからしていません」
「まぁ、蘭のあれはたまにあるやつよ。珍しいことじゃないわね。蘭は断れないからね」
「どういう意味、ですか?」
今まであの人がしてきたことを思えばむしろ逆なのに。
「断れないでしょ。断れるわけないの」
「その理由を聞いているんですが」
「あれ? どうして気になるの? 蘭のことなんてなんとも思っていないんじゃないの?」
「っ………」
あっさりと罠に引っかかった自分が情けない。
「素直になったらいいのに」
瑞奈さんはここに来てから終始愉快そうで、その姿が少し癪に触ってしまって、私は食事の方に集中することにした。
サラダに手を付け、先ほどの蘭先輩のようにスープに口をつけては定まらない心に眉を顰める。
蘭先輩もこんな風に心ここにあらずと言った具合なんだろうか。
だとしたらなぜ?
「蘭のこと、勘違いしてる人も多いからね」
私を無視して言いたいことを告げる瑞奈さんにはあまりよい感情を持たないけれど、その言葉は私の心にしみこむように入っていくのだった。