人間は完璧ではない。

 間違いというものは人である以上避けられないものだ。

 注意していようといまいとミスというものはおきてしまうもの。

 大切なのはミスをした後にどうふるまうかにかかっているのだけど。

 ……やってはいけないことというのは確かにあるもので。

 

 ◆

 

 世間はクリスマス。

 浮ついた空気の街は彩られ、寒さの中様々な感情が行きかう日。

 そんな特別な日だけど、私は……私たちは職場にいた。

 今年のイヴは金曜日で翌日は土曜日で、恰好の日付なのかもしれないが残念ながら図書館に勤めている身はそんな浮かれてもいられない。土曜日だからと休みになるわけではなく、昨日も仕事で普段と変わらぬ金曜日を過ごした。

 ただ、悲観ばかりというわけではなく明日の日曜は休みで終業後に少し遅いクリスマスを堪能する。

 ……はずだった

「しんっじられない!」

 すみれが顔を真っ赤にしている。

 終業後、シンと静まった図書館に恋人の怒声が響く。

 幸いにして、ここは例のすみれと逢引きをしていた奥まった本棚の間で周りに人はいないだろうがそんなことは今はなんの慰めにもならない。

 待ち合わせとした方がデートっぽいからと先に勤務を終えたすみれがここで待っており、予定ではそのまま食事にいくはずだったのだけど。

 少し雑談をしたのがまずかった。

「文葉のことデリカシーのないやつとは思ってたけど、ほんとありえないわよ」

 今にもかみついてきそうな目つき、怒りを全面にした表情と強い口調。

 ここまで激昂させたのはおそらく初めてだが、それも仕方ない。

 甘んじてすみれの怒りを受け止めるしかない。

「よりよってこれからクリスマスってタイミングでなんで別の女と間違えるのよ」

 私が誤ってすみれと早瀬を間違えて呼んでしまったのだから。

「なに、【雪乃】っていつから私はそんな名前になったのよ」

 しかも【早瀬】ではなく雪乃と一緒に暮らしていた時の呼び方で。

 もちろん意図的ではないし、早瀬とクリスマスを過ごしたことはあれど別にそのことを思い出してたわけでもない。

 だが、つい口からでてしまった。

 すみれを呼ぼうとして「雪乃」と。

「言い訳しようもないわ。ごめんなさい」

 私としては謝るしかないが。

「謝ればいいとでも思ってるの!?」

 謝って許されることではないのは百も承知だ。

「文葉の気持ちってその程度だったわけ!?」

「そんなこと、あるわけないでしょ」

「なら、何間違えてんのよ!」

 激昂するのは当然で、私には許されずとも頭を下げるしかない。

(……ある意味、私への想いの強さと言えなくはないけど)

 そんなことをいうのはもちろん、思うことすら失礼だ。

 ただ、私はやはりろくでもない人間で百パーセント悪いと自覚しながらも、頭の片隅ではどうにかこの場を収拾させなくてはとも考えてしまっている。

 いつまでもこのままでいるわけにいかないのは事実なのだから。

(……でも何かいっても聞く耳は持ってくれないでしょうね)

 口を開けば罵倒されるのは目に見えている。

「なんとか言いなさいよ」

「………言えることはないわ」

「悪いって自覚があるからってそれでいいって思ってんの」

 激情をぶつけてくるすみれに私は何も言えず口を噤む。今はどうしようもない状態なのだから。

「ほんとに信じられない! 私は今日楽しみにしてたのよ。文葉と出会って初めてのクリスマスだって……それなのに、楽しみにしてた私がばかみたいじゃない」

 耳に痛い。

 すみれが楽しみにしていたのは知っている。すみれは大人だけど子供でもあって、ましてこれまで経験がないからとイベント事は楽しみにするタイプ。

 その姿を見てきているからこそ、私だって心は痛んでいる。

 それを私も伝えはしたいが

「……………」

 視線を送り押し黙る。

 感情が高ぶりすぎて言葉が出ないのかすみれは強い視線を私をにらみつけている。

 今の状況をどうにかするにはまだ時間がかかりそうだと思う私だったが。

 意外な形で変化が訪れる。

「ばか文葉………ばか。…ばか……ばか…………………ひく……ばか」

「っ!」

 言葉はなくなれど感情はなくなっていないすみれは繰り返し私を罵倒していたかと思うと急に涙を流し始めた。

「す、すみれ!?」

「なによ……気安く名前……呼んでんじゃない、わよっ……んっ。馬鹿」

 すみれ自身も泣いていることが意志に反しているのか驚きながらも私への姿勢は崩していない。

「すみれ………」

「見てんじゃないわよ」

 表情は変わらずとも瞳は濡れていて。

(……ほんと、馬鹿ね。私は)

 何をしても無駄だと、嵐が過ぎ去るのを待とうだなんて思っていた。

 それもまた「間違い」ではないのだろうけど、私がすべきだったのは。

「……ごめんなさいすみれ」

 徹底して謝ることだ。

 私はすみれを抱きしめるとそれを囁いた。

「っ。だから反省してるってみせれば許されるだなんて思って」

「ないわ。でも私にはこうすることしかできない。ごめんなさい。言い訳なんてしようなくすみれを傷つけた。今日を楽しみにしてたあんたの気持ちを踏みにじった。ほんとうにごめんなさい」

「だから、そうやって……」

「すみれに許されなくても……でも謝るわ。ごめん、ごめんなさい」

「謝るなんて、結局私に許せって言ってるのと同じなのよ」

「…うん。かもしれないわね。でも私には私の気持ちを伝えるしかできないから」

「……何よ……卑怯よ」

 腕の中の空気が変わるのを感じる。

「…………私だってあんたの気持ちくらいわかってるのよ」

「ありがと。無神経で悲しませてほんとにごめん」

「……許さない」

(あらら……)

 けど言葉とは裏腹に抱き返されて言葉通りでないと知る。

「許さないから、責任取りなさい」

「責任って、具体的には?」

「そんなのは自分で考えなさいよ。どうやったら責任がとれるのか私が幸せだって思えるのか文葉が考えなさいよ」

(……多分、勢いで言ってるな)

 まぁそういうところもすみれらしい。そのらしさが戻ってきたことに若干の安堵と

(ほんとに反省しなきゃいけないわね)

 すみれは大人でもあって、子供でもあって。なにより私の大切な恋人なのだから。

 例え不意のことであったとしてもこの腕の中にいるすみれを悲しませ、ましては泣かせるなんてことは絶対にしないと心にそう誓い、

(今日は、頑張って挽回しなきゃね)

 同時にこの後の責任の取り方を考えるのだった。

 

 

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