すみれと暮らして初めて、幸せを感じる瞬間は多々ある。

 もちろん何をしていてもすみれと過ごす時間は喜びにあふれているけれど、その中でも特に好きなものの一つは朝、起きた瞬間だ。

 一日の始まりに目にするのが愛する人であるという単純な一事。

 それに勝る喜びは中々ないだろう。

 

 ◆

 

 ましてそれが愛を確かめ合った翌日ならなおさら。

 休日の朝、一足先に目が覚めた私は何をするわけでもなくベッドの中ですみれの寝顔を見ていた。

「…ん、すぅ…」

 穏やかのすみれの寝顔、見ているだけで胸の奥が暖かくなるような感覚がわく。

 こんなに美しく可愛らしい恋人がこの腕の中にいると実感し、喜びで満たされる。

 本当に幸せな時間だ。

 することもなければ一日中このままでいたいくらい。

 だが、人間である以上はそういうわけにもいかない。

 きゅぅっとお腹が鳴ったことを自覚し、すみれを起こさぬようベッドを出て身支度を整える。

 今日の朝ごはんは私の役目だ。

 休日だからと言って手間のかかるものを作るわけではないが、朝はしっかりと食べるようにしている。

 何をするにも食べないことには始まらないのだから。

「簡単なものでいいか」

 キッチンに立ち、何にするかを考える。

 ごはんは炊いてあるのと、汁物は昨日の残りがあるのでそれを温める。それだけではさすがに味気ないので。

「ん……ベーコンがあるわね」

 早瀬がある目的でよく通ってたお肉屋さんで買ったブロックベ―コン。それと卵の賞味期限が近いのでベーコンエッグがいいかもしれない。

 それと野菜を軽く添えれば一角のものにはなるだろうと準備を整えていく。

 これも幸せの一つかもしれない。

 一人では朝食べるようにはしていても面倒が頭によぎれば卵かけごはんだけにするとか、手間をかけるなんて発想はなかった。

 それなのに今はすみれのために少しは頑張ろうという気持ちになるのだから。

「ん……」

 準備をしながら今日は何をしようかと考える時間も悪くないと手を動かしていると。

 足音が耳に届いた。

 すみれが起きてきたのを察するものの、料理中でもあり確認はせずにそのまま続けたが予想外のことが起きる。

 足音が近づいてくるのが止まらず、すぐ背後まで聞こえて来て

「お、っと…」

 背後から柔らかな衝撃を受けた。

 確認するまでもなくすみれの抱きしめられたということだが。

「どうしたのよ、いきなり」

「…………」

 返答がない代わりに抱きしめる腕に力がこもった。

(やれやれ、なんなんだか)

 すみれが突拍子のないことをするのは珍しいことではないし、起き抜けで寝ぼけているだけなのかもしれないとそれほど気にすることはなくしかし気を付けて朝食の用意を再開する。

「……………」

 飽きてすぐに離れるかと思ったが、そのまま一分はくっつかれたままとなると動きづらさもあり、

「ごはんならまだよ」

「違うわよ」

 意外と普通に反応されたが、そうなると次は

「じゃあ、どうしたの」

「別に、したいからしてるだけ」

 といって再びぎゅっと密着度を上げてくるすみれ。

 やはり寝ぼけているのかもしれないと思った刹那

「……起きた時にはベッドにいなさいよ」

「…………」

 やっぱり寝ぼけてるみたいだと改めて思いなおす。

 初めて一緒に寝たのならともかく、一緒に暮らしてからそれなりに期間は経つというのにこんなことを言われてもどうしろというのか。

 邪魔になるから向こうにいってろと、手を外そうとすると

「……どこか行ったかと思うじゃない」

 拗ねたような声でそんなことを言われ、手を止めた。

(変な夢でも見たのかしらね)

 シチュエーションとしてはよくあるものだ。そういう本でも読んだのだろうかなんて考えるのはあまり褒められたことではないだろう。

(大体、それをあんたがいうの?)

 それをしたのはすみれの方でしょうに。

 初めて体を重ねたあの日、姿を消したのはすみれだ。

 その時は状況を把握できていなかったからまた違うだろうが……

(…まぁ、気持ちは理解できないでもないわ)

 もし何か不安になるような夢でもみて起きた時に私がいなかったというのが心に影が差したのだとしたら。

(私も甘いわね)

 引きはがそうとしていた手をすみれの手に重ねる。

 その確かな熱を感じながら

「私がすみれを置いてどこかにいくわけないでしょ」

 起きえないとしてのおいて行かれる絶望は知っている。思い知れなどと考えられるわけはなく、一時的にとはいえ弱った心を救ってやりたい。

「絶対に、ね」

 そう言って強くすみれの手を握った。

 するとまたすみれが私を強く抱きしめて。

「……………………」

 何故か長い沈黙。顔が見れないこともあって何を思っているかはわからないが。

「……………………ありがと」

 小さく、短くしかしはっきりとそれが耳に届いたすみれの声と心。

(寝ぼけていたのか、ふりだったのか知らないけど)

 多分、すみれの望むことをしてあげられたはず。

 そんな満足感と

(今日は一緒にいたい気分だわ)

 それを強く思った。

 もし寝ぼけてたのならうとましがるかもしれないけど、それはそれで可愛いことには変わらない。

(いい一日になりそう)

 そんな予感を感じながら

(……今はそろそろ離してほしいけれど)

 中々進まない朝ごはんのことを思っていた。

 

 

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