私は一般的に言えばつまらない人間なんだろう。

 イベント事にはほとんど興味を示さないし、生活もまぁ質素だ。行動的とは言えなければそもそも本以外には興味を示すことすら薄い。

 幸いにして、恋人であるすみれや親友である早瀬は私を理解してくれているから基本的には問題はない。

 ただそれはあくまで基本的にはの話。

 全てのケースで支障なく済むかと言えばそんなことはなく、時には恋人を怒らせてしまうことだって起きてしまうのだ。

 

 ◆

 

 それは2月14日のこと。

 その日がバレンタインだということはさすがに理解はしていた。

 どういう日なのかということも。

 今年は月曜日で昼間は普通に仕事があり、仕事中なんかは早瀬が今年ももらったりあげたりしているなーと恒例の行事を半ば冷めてみていたかもしれない。

 私はつまらない人間であるが、さらにひねくれた人間でもある。

 さすがにこの前のクリスマスは別だったら基本的に周りが盛り上がっていればその分冷めてしまう所もあって、製菓会社の陰謀に乗せられて……なんて思ってすらいた。

 そんな人間だからこの数年早瀬にもらってもわざわざ返すようなこともしておらず、今年も同じ対応だった。

 今思えばせめてその時に気付いていればよかったのだが、早瀬からはもらうだけというのが数年続いていたせいで思考が硬直してしまっていたのだろう。

 バレンタインは受動的なイベントだと私の中では決まっていて。

「はい、これ」

 仕事も終わり、家で夕食までの時間を過ごしている時だった。

 すみれから綺麗にラッピングをされたチョコを受け取ったのは。

「ぁ……」

 ミニテーブルの前でコーヒーを飲んでいた私は小さく声を出した。

 私はつまらない人間で冷めた人間でひねくれてもいる。

 だが、バレンタインの日に恋人からチョコを受け取り何も思わないほど鈍くはない。

 まして私はすみれを誰よりも理解しているのだから。

(まずい)

 すみれはチョコを用意したのだ。

 当然私からもあるということを期待して。

 その期待を裏切れば私がすみれを軽んじていると取られる可能性もある。

「ありが、とう」

 せめてここで平然とホワイトデーに期待しなさいくらい言えていれば丸く収まったかもしれないが、明らかに動揺を見せていた。

「……………」

 チョコを取りに立ち上がっていたすみれは必然私を見下ろすような形になっていて……まぁ私の意識が威圧的に感じさせているだけなのかもしれないが。

「……文葉、あんたのは?」

 これを言われる時点で私の認識はやはり誤っていなかったということになる。

「……ないわ」

 すでに言い訳の時は過ぎており素直に実情を告げた。

「……ふーん。どうして」

 以前のクリスマスの時のように烈火のごとく怒るのかとも覚悟したが、意外にもすみれは冷静に言って見せた。

 隣に腰を下ろしテーブルに肘をついて見つめるすみれは怒っているよりは、私の心を見据えてくるようだった。

「私がこういうイベント好きなように見える?」

「見えないわね。あんたってこういうのに乗らない方がかっこいいとか思ってそうだし」

「別にかっこいいって思ってるわけじゃないけど、まぁその通りよ」

「ふーん、で。私のことはどうでもいいからチョコも用意しなかったってわけ」

「意地の悪いこと言ってんじゃないの。どうでもいいなんて思うわけないでしょ」

「でも、用意しようとは思わなかったんでしょ」

 それを言われたら何も言えることはないでしょうが。

 言い訳出来ずにいると、すみれは呆れたように言った。

「文葉って人生つまらなそうよね」

 ある意味一番すみれに言われたくないことを。

「それをあんたがいうの」

 あんたこそ「つまらない」から私と出会ったくせに。

「いうわよ。だって私は毎日楽しいもの。文葉と一緒にいる今がすごく幸せだもの。特にこんなイベントなんて文葉とどう過ごそうかとか文葉はどんな反応してくれるかとか楽しみに生きてるわよ」

「っ……」

 すみれから伝わるのは圧倒的な正の感情。後ろ向きな理由から私と関係を持ったのに今はそれを感じさせない生き生きとした強さを否が応でも伝えてくる。

「文葉は私に会えてよかったわね。何をするにも私のためって動機が出来たんだから。これからは人生楽しくなるじゃない」

「……」

(っく……)

 思わず見とれた。

 すみれの自分が愛されているという自覚と私がすみれのためにそうなるという自信に。

「まずは、来月のホワイトデー楽しみにさせてもらうわ」

「……わかったわ」

 私は頷くしかなかった。

 戸惑いと共に、こんな恋人がいてくれることの喜びを少しずつ湧き上がるのを感じながら。

 

 

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