「珍しいこともあるものね」

 ある日の夜、お風呂から戻ってきたすみれが開口一番にそういった。

 まぁ、それもそうかもしれない。

「あんたがアニメ見てるのなんて初めて見た気がするわよ」

 しっとりとした髪を頭の後ろで掻き上げながらこちらへと近づき、パソコンを覗き込むすみれ。

 テレビでやっているのをつけていたというわけではなくパソコンでわざわざ見ているというのがすみれの興味を引いたのだろう。

「これ、どういう話?」

「んー、まぁアイドルの話? 結構人気あるみたいよ。過去のシリーズとかもあるらしいし」

「ふーん。あんたもそういうの興味あるのね。娯楽は本しか知らないのかと思った」

「別にそんなことないでしょ。私にとって面白ければ漫画でも読むし、アニメやドラマだって見るわよ」

「それは知ってるけど、何にせよ珍しいって話よ」

 隣に並び一緒に画面を見つめるすみれだが、内容よりもそちらの方が気になるようだ。

「……あいつの差し金?」

 なるほどこれが気になっていたわけか。

「そうよ。早瀬に勧められたの」

「ふーん」

 面白くなさそうに鼻を鳴らすのは可愛らしいが、呆れもする。

「あいつは人と話題になるものは何でも興味持つからね。それこそ、相手に合わせてなんでも。ま、そういう行動力は尊敬するけど」

「それで、どうしてこのアニメを勧められたの?」

「あー……」

 と、私はここで言葉を詰まらせる。話をそらそうとしていたつもりだったけれど、どうやら上手くはいかないらしい。

(隠すことではないけれど)

「単純に早瀬が面白いって言ってたのと、「すみれ」って子がいてあんたに似てるらしいから」

 さて、どういう反応なるか。

 ちょうど読む本もなくて手持ち無沙汰だというのも大きな理由だけど。すみれの反応を見るには余計なことを言わない方がいいだろう。

「ふぅん?」

 どうやらぴんと来ていないらしい。

 アニメのキャラに似てると言われてもそれがどうしたというところだろうか。

「ま、いいわ。せっかくだから私も一緒に見るわ」

 この流れになるのは自然と言ったところ。

 気付けば肩を寄せ合ったり、頭を預けたり、時には会話なんかもして約二時間半二人でその作品を視聴した。

「ふむ。まぁアイドルってテーマだけど、単純にそこにだけ焦点を当てるんじゃなくて、個人個人の成長なんかを絡めてるのね。スポーツではないけどスポ根っていってもいいのかしら。にしても今のアニメってこんなに綺麗に魅せられるのね」

 全十二話を見終え、評論家ぶったような感想を口にする。これまで触れてこなかったものだけあって何か言いたいだけのような気もして、むしろかっこ悪いか。

「ま、とにかく見る価値のあるものだったわね」

「そうね日本のアニメって全然知らなかったけど、人気になるのもわかる気はするわね」

「そういえばあんた帰国子女だったわね」

「そうよ。っていってもどっちにしてもあんまり記憶にはないけど」

 有意義なものであったというのは共通の認識ではあるようだが、そこまで大きく盛り上がったりもしないのはアニメというものになれていないからなのかもしれない。

 なんにせよあとは早瀬に感想を伝えるくらいと思っていたが

「で、『すみれ』はどうだった」

 改めていうことでもないが私の彼女は面倒なやつらしい。

(……さて、どうこたえるべきか)

 何を意図した質問だろうか。すみれが欲しい答えを与えらえれなければ機嫌を損ねる類ものもか単なる感想か。

 確かなのは下手に時間を置くと、余計な勘繰りをされるということで。

「早瀬が言うほど似てるとは思わなかってけれど、確かに似てるところはあったかもしれないわね」

「例えば?」

「照れ隠しの態度とか、高飛車なところとかはそっくりね」

「誰が高飛車よ」

(自覚ないの?)

 改めて表情を窺っても本気で不満を持ってそうな顔だ。確かにすみれにはそういうところがある。育ちの影響で無意識なのだろうけれど。

(こういうところをみるとからかいたくなるのよね)

 今ので不満を持ったというところからするといいところのみを伝えた方がいいのだろうと予測はする。でもだからこそかわいいところを見たいと思ってしまう私もまぁ性格は悪い。

「でも、『すみれちゃん』の方がいい子よね。自分本位なようで面倒見はよくて周りのことに配慮できるし」

「…………」

「きっと恋人になったらなんだかんだいって甘やかしてくれそうよね」

「………」

 予想通りに顔から色が失われていく。

 すみれに限らないだろうが、ここでの正着は引き合いにだして本人を褒めることだろう。

「文葉」

 ましてそれがすみれ相手では、悪手だろう。

「私だって、その気になればいくらでも甘やかしてあげるわよ」

(…おっと)

 怒るかと思ったけれどこれは予想外。

 まさか対抗してくるとは。

「そう? あんたって自分は甘えてくるわりに、私がだらしなかったらすぐちゃんとしろって怒るタイプでしょ」

 これもすみれの無意識化のことかもしれない。育ちの影響でちゃんとするということが当たり前のことになるのだ。

 だから物事に興味はなくても見た目なり、考え方なりはしっかりしていた。

「それは文葉が悪いんじゃないの」

「ほら」

「っ……」

「『すみれちゃん』ならきっと明日からはしっかりしなさいって甘やかしてくれるだろうに」

 あんまり煽ると後が怖いか。それに私が嫌なやつに思われるのも不本意なところだし。

「まぁ、け……」

 今度は最初にすみれが望んだとおりに引き合いにして褒めようとしたが、その前にすみれが私を引き寄せた。

「ほら…これでいいんでしょ」

 私の頭を抱き胸元へと引き寄せる。

 薄いパジャマ越しに伝わる胸の感触。

 さらに押し付けるように腕に力を込めてそれを堪能させようとするすみれ。

(引き出しの少ないやつね)

 定番のシチュエーションだが、甘えさせるといってこれを咄嗟にするのがまだまだ子供のすみれらしい。

(なんにせよ、相変わらずかわいいやつだ)

 そういう目的でからかったわけではないけれど、

「ね、ひざまくらとかしてほしいわね」

「ふん、仕方ないわね。今日は文葉のしたいようにしてあげるわよ」

(せっかくの機会なんだから存分に利用させてもらいましょうか)

 そうして私は思うさまにすみれに「甘え」させてもらうことにした。

 

 

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