「ぁっ……ん、ぅ……ん」
恋人がベッドの上でうなっている。
「っち……ん、ぁ…っ」
時折、不機嫌そうに舌打ちをしてはごろごろと寝返りを打つすみれ。
端的にいえばすみれは苦しんでいる所なのだけど、
(すみれはこんなところ珍しいわね)
私はリビングで本を手にしながら、その様子を冷静に眺めていた。
一見すれば恋人が苦しんでいるところに何をしてるのかというところかもしれないが、そんなに申告な事態なわけじゃない。
少し眺めた後本へと視線を戻す私だが
「あ…、ぅ……んっ」
(気にはなるのよね)
と、本を閉じる。
すみれに起きていることは深刻なことではないとしても、恋人の呻きを聞いてなんとも思わないほど薄情ではない。
もっとも一番は単純にうるさいからだが。
「ずっとうなってるけどそんなにきついの?」
優しさのない言い方にすみれは私を睨むように見上げてくる。
「あんたにはわかんないわよ」
「残念ながらそうね、私はありがたいことに親知らずは問題なく生えてきたから」
そう、すみれが今苦しんでいるのは親知らずのせい。抜歯をしてきて、数時間。麻酔の切れてくるとこうして痛みにうめいている。
「だったら黙ってなさいな」
苦々しい顔で吐き捨て再び、顔をそらすすみれ。
「………ふむ」
話しかけておいてなんだが、その通りだ。
今のすみれにできることはない。
痛み止めも飲んでいるし、痛みが引くのを待つしかないのだから。
どうしようもない痛みに不機嫌になる気持ちはわかるのだし、素直に放っておいた方がいのかもしれない。
とはいえ、やはり気にはなる。
けれどできることはない。
家事をするとかは当然引き受けているとして、今の目の前で苦しむ恋人に何か……
「……………」
背を向けたすみれは先ほどとは異なり、黙って体を丸くしている。
(気を使わせてるのかしら)
憎まれ口は叩いても気を使わせてしまったのかもしれない。
ますます何かをと思わないでもないが、実際にできることはやはり思いつかない。
好きなものを作ってあげるとか即物的なことは一瞬考えたが、歯が痛いという人間にそんなことしても酷だ。
それに今のすみれには痛みをどうにかする以外には効果がないだろう。
(痛み、ね……)
それは基本的にどうしようもないことだ。私は医者ではないし、そもそも医者だとしてもこの状況ではできることなんてないだろう。
(江戸時代なんかは別の痛みで誤魔化してたらしいけど)
そんなことしたら殴られそうだし、もっと別の……
くだらない思考の後、何か痛みに関することはなかったかと頭の中を漁ると
(そういえば)
あることを思い出し、
(眉唾物だけれど)
心にその枕詞をつけ
「すみれ」
と声をかけた。
「なによ」
「ちょっと起き上がってみて」
「はぁ?」
不機嫌なのは当然変わらない。というよりも、黙っていたところに起き上がれでは余計に機嫌を損ねるのは仕方ないところ。
それでもいう通りにしてくれるのおは私が相手だからこそだろう。
「何よっ!?」
ベッドの上で体をおこしたすみれに私は正面から抱きしめた。
背中に腕を回し、体をこちらへと引き寄せる。
「ちょ、っと。なんなのよ」
戸惑いながらも振り払うことはせず、顎を私の肩に置き耳元で訴えかけられる。
「んーー」
とりあえず意図は説明せず、少しの間そのまま抱きしめときおり背中を撫でてみる。
「文葉…?」
「どう?」
「どうって何がよ」
「痛み少しはましになった?」
「はぁ?」
「好きな人からのハグには鎮痛効果があるっていうじゃない? だから少しはましになるかと思って」
もっとも本気で信じているわけではない。ずっと苦しそうにしてるから驚かすだけになっても少しは気をそらしてあげたかったといったところ。
「変わるわけないでしょ、そんなので」
「ま、そうよね」
冷静に言われてしまった。これで気がまぎれるなどは安全な場所にいるからこその思考で軽率だったかもしれない。
と、手を緩めたところで。
「別にやめろとはいってないわ」
まだ離れてもいないのにそれだけで私の行動を制止した。
(そういえば……)
私があまりべたべたするのを好まないから意味もなくハグをしたりはしないが、すみれはそういうわけではない。
それに病気ではないが、辛い時に恋人のぬくもりを求めるというのは理解できて。
「じゃ、とりあえず横になるわ。起きてるよりもそっちの方がいいでしょ」
「……うん」
二人でベッドに半身で横たわり今度は腰を抱き、すみれは私の胸に顔を寄せている。
「……悪くはないわ」
顔は見れていないが、言葉通り満更でもないではない顔をしてくれているんだろう。
「そ。ならよかったわ」
この場では余計なからかいはない方がいいんだろうけれど。
「そうだ。ハグよりもキスの方が鎮痛効果あるって聞いたこともあるわね」
どうにも余計なことを言ってしまうのが私なのだ。
「今したら殺すわ」
「……失言だったわ。ごめんなさい」
一線は超えていたことを理解し、謝るものの。
「……治ったら、できなかった時の分しなさい」
私の恋人は世界一可愛いやつなのだと思い出し、
「楽しみにしておくわ」
とみられていないことをいいことに満面の笑みになってすみれの体を強く引き寄せるのだった。