一つの区切りを迎えて、すみれの様子をうかがう。
「…今の話で、するものなの?」
仏頂面のすみれから出たのはそんな感想。
「あんたが話したのがどこまで正確なのかは知らないけど、私にはあんまり必然性が見えなかったんだけど」
機嫌はもちろんよくない。
もっと劇的なことを想像してたのかもしれない。
「さぁ、ね」
「さぁって何よ」
「必然だったかって言えば、そんなことはないでしょうね。断ろうと思えば断れた。でも私はそれを選ばなかった」
「……ふん」
鼻を鳴らすすみれにこの先を続けたくなくなるがそういうわけにもいかない。
「拒絶しなかった理由は色々あるけど、早瀬のためだけでもなかったわ」
当時のことをフラッシュバックさせる。
「多分、あの時私も寂しかったの。早瀬と同じように失恋してたから」
「…………」
別の恋人がいたと明言したのは今が初めて。
すみれがどう感じているかはともかく早瀬は恋人でないと言ってある。
今告げたのは、明確に恋人のこと。
「話からしてそんな気はしてたけど、ふーん」
あからさまに不機嫌だ。言葉通り予想はしていたのだろうけど、すみれの性格で元カノがいたことを告げられて、愉快になどなれるわけはない。
「なんで別れたの? 失恋ってことは文葉が振られたの?」
「話の主題じゃないから簡単に説明するけど、まぁそうよ。早瀬にも後から伝えたけど、私は早瀬とは逆で大学の卒業式の時に振られた」
「なんで? 文葉を振るなんて見る目のないやつだけど」
敵意を示してくれるのは思いの強さからだけど、振られてなかったら今あんたとはこうしてないのかもしれないのよ。
「卒業で離れ離れになるのが耐えられないって。遠距離で思い続けられる自信はないみたいな理由だったわね」
「ふん、そんなの文葉のことを本当に愛してなかったってことじゃないの」
「……かもね」
今となっては真相はわからない。
「でも、当時の私は早瀬みたいに落ち込んだ。毎日のように考えたわよ。何を言うのが正解だったのかって。もしかしたら、離れても大丈夫だって言ってほしかったんじゃないかとか、そんな面倒なこというやつはこっちから願い下げだとか。なんで二年も一緒にいたのにその時まで気付かなかったんだろうとか。あの二年はなんだったんだろうとか。恋なんてしなければよかったとか。人が失恋したときに考えるようなことは一通り考えた。……あんたに言うことじゃないけどね」
もう引きずってはいない。でも、まだあの時の私はそうやって傷ついていた。
「…まったくよ」
「私はそんな気持ちを心の奥に閉じ込めてみないふりをしてた。でも、心の中には確かにあって、たまに膿が出て痛んだ。だから…後から思えば私の方こそ、「忘れたくて」早瀬を利用したのかもしれないわね」
「…………」
固く厳しい表情は崩さないすみれ。
自分の恋人が、失恋の痛みを慰めるために体の関係を持ったという事実。すみれでなくても鼻白む。
「…言ったでしょ。軽蔑するって」
すみれはどこか酌量の余地があると考えていたかもしれないが、利己的な理由で慰め合うことを選んだ。
それが私だ。
「…別にしてないわ。文葉のことくらいわかってるつもりだもの」
絶対に想像よりも悪い理由だっただろうに強がりのような言い草がすみれらしい。
「それより聞きたいのはそこじゃないわよ」
納得はしていない。だが、すみれが求めているのは始まりではない。これまでもそこへと向かうためには必要なことだったが、本当に欲しているのは今へとつながる早瀬との終わりだ。
それを理解し、私は「そうね」とつぶやくと早瀬との蜜月、そして終わりへと話を進めていった。