短いモラトリアムの中で迎えた二日目。

 起きた時には寝相が悪いのか寝間着をはだけたすみれが目に入るなんていうハプニングはあれど、それを指摘してまた怒られた以外には問題のない始まりではあった。

 朝食はホテルのレストランのバイキングで取り、一度部屋に戻った後今日の予定を尋ねると意外な提案をされた。

 正直、旅行なんていうのは子供の頃家族といったのと働き出してからは早瀬と二度いった程度で経験は少ない。

 そのどちらも明確に観光地に行ったこともあり、旅行と観光は正直セットだったがこの場所みたいな避暑地での過ごし方など知らず、

「ひゃっ!」

 すみれの提案してきた場所で情けない声を上げていた。

(だって、こんなのは仕方ないじゃない!)

 眼前に広がるのは一面の草原。CMや絵葉書になりそうなという感想もあるがそれ以前に私に少女のような声を出させた原因は景色ではなく、目の前にいる生物だ。

 ブルル、っと野性味あふれる鳴き声を上げるその生物は人間にとっては大昔より身近な存在だったが、この現在となっては実際に目にする機会は少なく、ましてこんな触れられる距離で相対するなど人によっては一生ないことかもしれない。

 体長何メートル、体重何キロという表現がされるが実際に目にする馬はそんな数字上のことなど考えられなくとにかく圧倒される大きさだ。

 見るだけなら私も声を上げることはなかっただろうが、来た目的は私には考えられないことに乗馬。

 そんなことをあっさりと提案してくるなと恨み言も言いたかったが、初めての経験ということで体験乗馬くらいならと流されて今こうしているのだが。

(はっきり言って、怖いわ)

 テレビなどで見るよりも数段大きく感じられ、人になれているからかさっきは頭をこすりつけられてつい声を上げてしまった。

 インストラクターからの説明ではそんなに難しくはなさそうではあったけれど。

「お、思ったよりも高い、のね」

 一通りの説明を受けた後、早速と馬へと乗り素直な感想を告げる。

 生き物を通して感じる高さは実際よりも高く感じるのか、また不安定さがそうさせるのかあまりプラスの感情を抱けず。

「へぇー、文葉のそういうところ初めて見るかもしれないわね」

 インストラクターとは別に一緒に歩くすみれがニヤニヤと笑う。

「は、初めてなんだから仕方ないでしょう」

「ふーん。文葉にこんなかわいいところがあるとは思わなかったわ」

「っ……」

 愉快そうにしてくれる……っ。言い返す余裕もなく、背筋を伸ばしなんとか集中しようとする。

 抜けるような青空の下、絵にかいたような高原を馬で闊歩するというのは爽快なイメージではあるが、現実はなかなかに厳しくこういうことが向いていないのかなかなかなれることはなかった。

 単純に歩かせるだけならともかく、少し早足にしようとするとすぐに止まられてしまうこともしばしばだった。

 本来なら近くの雑木林を歩くという話だったがキャンセルし、厩舎近くの休憩所に入ることにした。

「はぁー」

 アイスクリームを取りながらため息をつく私と。

「なかなか珍しいものが見れたわね」

「……みせもんじゃないわよ」

「文葉っていつもすましてるから見てて面白かったわよ。おどおどしてる文葉なんて初めてだし」

「……………」

 人間関係的にすみれの反応は悪手でしょう。私はこれでも真面目にやってたのだから。落ちそうだと不安がったり、必要以上に緊張して少女のように情けないところは見せたとしてもだ。

「あぁいう所を見せてれば可愛げがあるのにね」

(……嬉しそうね、すみれ)

 ……私だってすみれをからかってしまったりそれで優越感を得てもいたし、おあいこか。

 すみれのこういうところもこれはこれで魅力的とは思うし。

「っさいわね。そんなに言うなら、手本でも見せてみなさいよ」

 すみれに優位に立たれるのが面白いわけではなくて軽い気持ちでそう言った私。

「いいわよ、好きなだけ見なさい」

 待っていましたと言わんばかりに得意気に笑うすみれ。

 だが、すみれが口だけでないことはすぐに分かった。

 私が体験した初心者用だけでなく、上級者用に走らせる場所や、軽い障害を飛ぶものもありすみれはどちらも軽くこなした。

 走っている姿は不覚にも純粋に絵になると思ったし、障害も馬を見事に操り飛んでいた。

 もちろんプロなどではないが私からしたら十二分に衝撃的な姿で。

「どう。なにかいうことはある?」

 柵の外で見学をしていた私に馬上からひと言。

(わざわざ勝ち誇るのが、すみれってかんじね)

「……はいはい。すごいわよ。私の負け」

 皮肉なく言うとすみれは「でしょう」と笑う。歯を見せるその姿は子供っぽく、見た目とのギャップが可愛らしく見せた。

(いい笑顔って言うのかしらね)

 優越感に浸ってるくせに、無邪気にも見える。私に対して余裕を持てることが悦びにつながっているのだとしたら、ほんと「可愛らしい」ことだ。

「そうだわ。せっかくだし乗せてあげましょうか」

「そういうのって勝手にしてもいいの」

「さぁ、子供の時はよくしてたしいいんじゃないの?」

 こうした施設で、客が勝手にするのはあまりよくない気もするけれど。まぁ、注意されたらされたでいいでしょう。

 そんなことを思いながらすみれの後ろにまたがる。

「走ったりはしないでよね」

 まとめあげた髪と、首筋。それと姿勢のいい綺麗な背中を目にしながらどうしても不安を隠せずにそんなことをいう

「ダメって言われるとしたくなるわね」

「……………」

「冗談よ。私が文葉の嫌がることをするわけないじゃない」

(結構しそうな気もする)

 と憎まれ口をたたくといじわるされそうなのでここは黙っておく。

「じゃあ、いくわよ」

 そうして歩かせ始めるすみれ。

 結論から言えば意外に悪くない時間だった。

 自分で操っていない方が安心感が強く、景色や風を感じる余裕もあった。

 なによりすみれが常時楽しそうで、珍しく口数も多かった。

 恋人として意識をするようになってからすみれがこんなにも楽しそうなのは初めてだったかもしれないとそんなことを思い、モラトリアムが半日過ぎていった。

 

5−3/5−5  

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