意外な初めてを経験することになった私とすみれ。

 私が一方的にすることになるんだろうと、決めつけていたけどすみれは一度気をやったあと自分からもすると言ってきかず、たどたどしくしてきて。

 適度に感じているふりをするなんていうこともして。

 ことが終わった後には身を寄せあって互いのぬくもりを感じ合った。

 まだ空が明るく正直シャワーを浴びたいところだったけどすみれは初めてなのだし、そういう定番をしてあげるのも悪くはない。

 ロマンチックなピロートークなんてなく、気づいたら寝入ってしまったけれど。

 目を覚ましたのは夕方で。

「あ、れ……?」

 目を開けた先にすみれの姿はなかった。

 シャワーでも浴びているのかと思ったが、部屋には気配もない。

 まぁ、なにか用があって出ているのかもしれないしいつ起きるかわからない私をほっぽいて食事にでも出たのかもしれないと深くは考えず、私はベッドから起きることすらしないで数時間前のことを思う。

「ヤっちゃった、か」

 身もふたもなく事実を口にする。

(さんざん悩んだっていうのに)

 する前にも考えたことを改めて思う。

 大体、お酒の影響で一線を超えるなんてばからしい話だ。

(………お酒の影響、ね)

 そのことを頭によぎらせる。

 あの場では無粋で尋ねることはしなかったが、本当に酩酊し前後不覚になっていたのか、理性が剥がれたむき出しの本能をさらけ出したのではないか。

 いや、それ以上に。

 理性的ではないかもしれなくても、考えた末の行動だったのではないかとすら考えている。

 アルコールに責任を求めたのはむしろ私に対する理由付けだったのかもしれない。

「っはぁ」

 大きく息を吐く。

 何はともあれもうやってしまったんだ。

 案外関係を進めるなにかなんてこんな風に偶然や勢いなのかもしれない。

 あとは朝のことを謝って、恋人としてちゃんとすみれの心に踏み込もう。抱えているものがあるのなら、半分持ってあげなくては。

 前向きに考えつつ、まだ数分とはいえなかなか戻ってこないなと焦れた私はようやくベッドを出る決心をして。

(ん……?)

 体を起こし部屋をきちんと見た瞬間に違和感を持つ。

(荷物が、ない?)

 すみれの荷物が視界に入らない。

「…………」

 こういう時、映画なら緊迫した音楽でもかかるのかもしれない。

 私は理解が追い付いていないのか、不安を感じたわけではなくただただ疑問を持つばかりで。

 ケータイになにか連絡が来てるかもしれないと呑気に確認をして

「え?」

 用事があるから先に帰るとのメッセージが残っているのを見て混乱を増すのだった。

 

 ◆

 

 結局私は素直にもう一泊をして帰ることにした。

 ご苦労なことに帰りの手配までしてあり、急に帰る割には用意がいいとその時には感心をしていた。

 だが。

「……ふぅ」

 日常へともどってきた私は職場の自席でため息をついていた。

(今日で一週間、か)

 旅行を終えて一週間。すみれとは話せてはいない。

 メッセージのやり取りは多少行ったが、詳細については聞けていなく最終的には時間ができたらすみれの方から連絡するとやり取りも打ち切ってしまった。

 それでも最初はそんなに悲観、というか深刻には考えていなかった。

 心の指針を定めていたからということもあるだろう。

 なにか問題が起きているのは確実だろう。それに対し私は寄り添うということを決めたのだ。

 だから会いたいとは思ってはいても、合えばよい方向へと進められるとは楽観的に考えていた。

「……ふぅ」

 再びのため息。

 当初は楽観的でも一週間も経てば心に余裕はなくなっていく。

 一度待つと決めて返事もしてしまった以上はこちらから連絡も取りづらく、おとなしく待つしかない私はこうして時間が経つたびに気を静めているわけだ。

「ふーみは」

「っ」

 そこに声をかけるのは親友で、悪友。

「今日も元気なさそうだけど、あれなの? 旅行で喧嘩でもした?」

 業務中だというのに私のところまでやってくるとデリカシーのないことを告げる。

「……別に元気ないわけじゃないわよ。少し……」

 なんだろうか。

 落ち込んでいる? いらいらしている? 不安がっている?

 心を的確に表現する言葉はなく、沈黙を保っていると。

「あれ? 図星? もしかして別れちゃった? なら慰めてあげるけど?」

「違うわよ。まぁ喧嘩はしたけど」

「え、まじで?」

「別に喧嘩くらいするでしょ。けど、それは問題ないわ」

「あ、なんだ仲直りしたんだ。初めての旅行で喧嘩と仲直りとか文葉にしては定番なことしてんね」

「その意味はよくわからないけど、まぁ仲直りは……」

 振り返りそういえばちゃんとしていない気がすると思う。すみれはまともな状態ではなかったし、きちんと話せてはいない。

(ヤりはしたけど)

「……とにかく、なにかあったわけじゃ……」

 瞬間、ブブっとスマートフォンがなった。すみれからの連絡かなんてわからない。

 わからないが、素早く反応をし画面を見ると。

 今から行くからあの場所で待ってて

 と、こちらの都合もお構いなしにメッセージが表示されていた。

 心にはこれまで不思議な感情が湧きたつ。

 色んなものがあったが多分、一番はやっと話せるという安堵だった。

「ごめん、ちょっと用ができた」

 早瀬にはそう話を打ち切り、今から行くがどの程度なのかも確認しないままあの私たちの逢引の場所へと向かう。

 「今」、は本当に今ですみれは十分でつくと次いでメッセージをよこし、この傍若無人なところはすみれらしいと、十分にすら焦れながら恋人を待ち。

 やってきた恋人に

「久しぶりね」

 まずはそう一言。

「……そうね」

 すみれの表情が暗いということは一目でわかった。まだすみれの問題が解決していないことを感じさせる。

 だがもう目の前にいるのだ。話さえすればと軽く考えていて

「恋人を一週間も放っておくなんてひどい話じゃない?」

「……それなら問題ないわ」

 数秒後には、すみれから漂う圧倒的な負の雰囲気にのまれて言葉を止めていた。

(なに?)

 嫌な感じだ。背中がちりちりと毛が逆立つような焦燥と、息がつまりそうな緊張。

「もう恋人じゃないから」

 あっさりと告げられるその意味を理解できず、

「は?」

 そんな何も考えない声が出て、状況を何も飲み込めないまま

「私、結婚するの」

 私はようやくなることのできた恋人との決定的な別れを迎えるのだった。

 

5−6/6話  

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