そこからの記憶は少しあいまいだ。

 はっきりと覚えているのは。

 重ねた肌の熱と感触。

 私を求めるすみれの情熱的な声。

 激しくかわした口づけ。

 蕩けてしまいそうなほどに体を交わらせ幾度となく迎えた絶頂。

 想いを通じ合わせた多幸感。

 我に帰れたのはもうすっかり夜も深まっている時間だった。

「すみれ」

「文葉」

 一糸まとわぬ姿のままベッドで毛布にくるまり意味もなく名前を呼び、見つめ合う。

「んっ……」

 どちらともなく距離を詰めて、何度目かもわからないキスをした。

「……ふ、ぁ」

 長くはない口づけを終えると、毛布の下ですみれの手に自分の手を重ねた。

 力強く握ると共に、今度は硬質にすみれを呼ぶ。

 先ほどまでは本能のままに求め、愛を確かめ合ったが現実を向き合わないわけにはいかない。

「それで、これからどうすればすみれは私のものになるの?」

「……デリカシーのないやつね。今日くらいはこのまま寄り添い合って眠るとかじゃないの」

「それもいいけど、話せる時にちゃんと話したいのよ。もう後悔はしたくないから。絶対にすみれを失いたくないの」

「っ……馬鹿文葉」

 照れ隠しも可愛いやつだ。語彙力はないが。

「で、話戻すとどうするべき? このまま監禁でもする?」

「何馬鹿なこと言ってんのよ」

「そのくらいあんたを離したくないってことよ。冗談じゃないけど、冗談」

「まぁ……いいわ。で、現実的に、ね」

「定番ならこういう時は家と縁を切るってのが一般的かしら」

「それは、まぁ有効とは思うわ」

「そ、なら、どうしようもないならそうして」

「簡単に言うわね」

「悪いけど、言わせてもらうわよ。私はすみれに他の何を捨てても私を選んで欲しいって思ってるから」

 それははっきり言わせてもらう。円満に解決する手段があるならそれを取るべきだし、そのために尽力もする。だが、最終的には口にしたことが本音だ。

 家族やその他のものと私なら、私を取って欲しいというのが意志。

「……………」

 何を思っているのか私を見つめてくるすみれ。

 そこにどんな意味が込められていたとしても私が口にするのは決まっている。

「本気よ、すみれ。世界の誰よりも私を選んで」

 言葉と共にすみれへの視線に想いを乗せる。

「……………馬鹿」

 じんわりとすみれの瞳に涙が浮かび、小さくつぶやいたすみれは私の胸元に顔を寄せた。

「もっと早く言いなさいよ。そうしたら話は簡単だったのに」

「仕方ないじゃない。あんたに振られてからこんなにも好きって気づいたんだから。すみれこそ、最初に助けてって言ってくれてれば私だってこんなに重い女にならなくて済んだのよ」

「あれは文葉が私を好きって示してくれなかったからじゃない。知ってれば、ちゃんと言ったわよ」

 それを言われると立つ瀬はない。私たちは『ここ』にたどり着くためにわざわざ遠回りをしたのかもしれない。

「それは悪かったわよ。けどその分すみれを大切にする。だから答え、聞かせて」

 寄せて来た頭に軽く手を添える。

「馬鹿……選ぶわよ、文葉を。文葉が私を想ってくれるのと同じように私だって文葉を世界で一番愛してるんだから」

「ありがとう。愛してるわすみれ」

 体だけでなく心を預けてくれたすみれを優しく抱きとめ、私は……私たちはこれから当たり前となる二人の夜のその初めてを過ごしたのだった。

 

 ◆

 

 ここで「私の物語」は終わり。

 これは、退屈だった私はすみれというかけがえのない存在と出会い想いを通じ合わせるまでの始まりの物語。

 これからはもう私だけの物語ではない。

 私が紡ぎだすのは私とすみれ二人の物語。

 どうなっていくか未知の物語。

 この先には様々なことがあるだろう。

 喜びだけに満たされているとは限らない。苦難もあれば時には喧嘩をすることもあるかもしれない。

 それでも私たちは繋いだ手を離すことはない。

 たとえ何があろうとも、相手を信じ、自分を信じ、想いをさらけ出して何度でも手を取り合う。

 そんな私たちの長い長い物語。

 今から始まるのはそんな私たちの最初の頃の一幕。

6−7/エピローグ  

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