「すぅ、はー」
胸に手を当てて一つ深呼吸をする。
それから、目の前にある美優子の家のチャイムを見つめる。
冷たい風が吹いていて外にいるのはつらいけど中々そのボタンを押す気にはなれなかった。
怖い……わけじゃない。でも、戸惑ってる。
好きがわからなくたって、私は……きっと友達以上に美優子のことが好きなのは本当。理由なんか関係なく、美優子のことは好きで笑顔が見たいし、一緒にいたいって思う。美優子のことが好きなんじゃないかって自覚してからその気持ちがどんどんふくらんできた。
美優子を苦しめているのは私。笑顔が見たいのも。
私はゆっくりとチャイムのボタンに手をかけた。
固い感触。少し力を入れればスイッチが反応して音が鳴る。連絡が行ってるのなら、すぐに美優子が出てくるだろう。
ただ、私の、私なりの好きを伝えたところでそれを美優子が受け入れてくれるとは限らない。
美優子と一緒にわかっていけばいい。私も、そうしたい。けど、それを美優子が受け入れてくれるかはわかんない。中途半端なまま応えれば、美優子をある意味生殺しのような状態にさせるのかもしれない。
そんなんじゃ、美優子は本当の笑顔はみせてくれないかもしれない。
……不安はいくらでも募る。
でも、逃げる気は一パーセントもなかった。
これから美優子に告白するつもりでこんな言い方美優子に悪いけど、私の一番の親友のため、せつなの想いと覚悟と勇気を無駄にはできない。
(何もしないまま帰ったりなんてしたら、もうせつなに口聞いてもらえなくなっちゃうよね)
せつな……今頃、泣いてるのかな。そういってたもんね。
快く私を送り出せたはずはない。つらくて、悲しくて、怖くて、逃げたくだってあったはず。その悲しみもつらさも、恐怖も全部伝わってきた。それが私の中で勇気に変わっていく。
崩れてしまった『今』、続けたかった『今』、私が望んでいた『今』から一歩踏み出す勇気。
幻想を現実に変える勇気。
伝える、伝えるよ。
大切な想いだから。言葉にしてきちんと。
私の気持ちを。素直な想いを。
カチ。
ボタンをおした。
機械的なチャイムの音がなり、すぐに
「……はい」
美優子の声がした。
美優子の部屋にくるのはあの時以来。
美優子にさつきさんのことでのお礼を届けに行って、美優子が一人になっちゃうからって泊まるっていって。一緒に、ご飯を作って……あんなこといわれて……
好きになるのにきっかけが必要ならそれはやっぱりさつきさんのことだったんだろうけど、自覚をしようとしなかった私はあえてそういうことから逃げていた。好きだって自覚した今でも、美優子に言われたようなことしたいだなんて思えない。キス、だってそう。
ただ、それでも私は美優子のことを好きだ。
私はテーブルの前に座ってベッドに座る美優子を見つめる。
「待たせちゃった、かな……?」
(待たせちゃったよね)
せつなからの電話からっていう意味じゃなければ当然。
美優子は深憂を含んだ表情で俯いている。さっきの私の問いにもフルフルと小さく首を振るだけだった。
何を言われるのか怖くてたまらないといった感じ。
当たり前かな。美優子の立場からしたら、私と会うのも怖ければ、ましてせつなから連絡がきたりなんかしたら余計に不安を煽っちゃうよね。
まったく、そのくらい考えてよね。せつなは。
「……………」
って! 何でいわないの! 笑顔がみたいんでしょ!? 笑顔にしてあげたいんでしょ!? 好きなんでしょ!! だったら、その気持ちを伝えなきゃ。
『あのっ』
二人の声が重なった。
「あ、す、涼香さんから、どうぞ」
「あ。うん。えっと、さ、せつなから何か聞いてるの?」
って、告白じゃないの? って突っ込まないでよ。ほ、ほら、ここで何か食い違いがあると困るし。
「涼香さんが、これから会いにいくから、としか……」
「そっか、じゃあ、何にも聞いてないんだ」
つか、もしせつなの思ったようなことがなかったら美優子にどう説明する気だったのよ。
……いや、わかってたんだよね。私のこと。わかってくれてたんだよね。
「うん、ありがと。で、美優子は何?」
「えっと……その、この前どうしてわたしの机で寝てたんです、か?」
「あ、あはは、あれはごめんね。ちょっと、うとうとしちゃってさ」
って答えになってないよ。
「もしかしてあの時、私が起きるの待ってたりなんかさせちゃった?」
「い、いえ、わ、わたしも時間ぎりぎりだったので」
「うそ、美優子はいつも早くくるでしょ」
「あ……」
美優子は私に嘘を言い当てられたせいか、沈痛な表情で俯いてしまう。言い当てられたせいというよりも。私に嘘をついちゃったっていうのが美優子にはつらいのかも。
やっぱ、あの日の美優子はいざ学校にきてみたらいきなり私が自分の机で寝ててわけがわからないまま側で待っててくれたんだよね。
で、先生が来ちゃったからおこさざるをえなかったと。
私はこんな時に不謹慎だなとは思いつつもクスリとしてしまう。
ちょっとその時のわたわたした美優子を見たかったな、と。
「あ、質問に答えてなかったよね。私がここにきたのと関係するんだけど……美優子のこと、考えたかったんだ」
俯いていた美優子がわずかに反応を見せる。
「わたし、のこと……ですか?」
「うん。美優子がいつも何を思ってたのかな、とか私は美優子のことどう思ってるのかなとか。少しでも、美優子を近くに感じられるところで考えたかったの。そしてら、あの日の夜も徹夜で考えててそのまま学校来てたからさ、ついうとうとってなっちゃって」
なんだか心が軽い。美優子といるときはいつもどこか不安や、怖さがあったりしたのに。今から話そうと思ってることだって決して軽い気持ちで話せるようなことじゃないのに。でも、なんだか美優子ときちんと向き合えてる気がするから。
「……答え、でたよ」
「え……?」
「美優子への気持ちの答え」
唐突かもしれない。脈絡もない。
美優子と話してたら、早く伝えたいって思えてきた。
伝えよう。
大切な気持ちを言葉にして。
「すぅ……」
私は大きくいきをすう。
そして、美優子を……私の好きな人の顔をはっきりと見つめた。
今はまだ曇っている顔。これからなにを言われるのか怖くてたまらないという顔。私はそんな美優子に向かって。
「好きだよ。美優子」
あっさりと、言えた。気持ちを伝えることができた。
「え……?」
美優子は驚きながら脳をフル回転させて私の言ったことを理解しようとしているみたい。
「だから、好きなの。美優子のこと」
いまいち私の言葉を信じ切れてない様子にもう一回浴びせかける。
「……うそ」
昔、せつなにも好きって言ったときこういわれたよね。私ってそんなに信用ないのかね。
「うそじゃない」
私は立ち上がって美優子の横に座った。
「……うそ、です」
信じてないっていうよりも、信じないようにしてるって感じかな。たぶん、今の美優子からすると私の良心に付け込んで優しい言葉をもらってるってことになってるんだろうね。
「だ、だって、わたし、涼香さんが寝てるからって……かってに、あ、あんなことして……」
「……まぁ、確かに一方的にされたりなんかするのはあんまり気分よくないけど」
「…………っ」
う、うわわ! 美優子がこの世の終わりみたいな顔になって今にも泣きそう。
「あ、で、でもさ実は私も美優子が寝てるのにキスしそうになってことあるし」
「え?」
ち、違うこんなことがいいたんじゃなくて……
「と、とにかく! 私はね、美優子の楽しそうにしてるところとか、笑顔が可愛いところとか、人のこと優先に考えちゃうところとか、勝手にキス、しちゃうところとか、色々あっても……そういうの全部まとめて美優子のこと好きなの!」
「で、でも、わたし! 朝比奈さんのいうとおり、なんです。この前のだって涼香さんに、優してしてもらい、たく、て、自分のことしか、考えられなくて…ひぐ…涼香さんが思ってくれてるような子じゃ、全然、ないん、です…」
あらら、泣き出しちゃったよ。告白しにきたっていうのに、何で泣かせちゃうんだか。
私は美優子のほうに身を寄せると、美優子の頬を流れる涙を指でぬぐった。
そのまま美優子を私のほうに向かせる。
「いいじゃない。何にも悪いことじゃないよ。好きな人に、優しくしてもらいたい、何かをしてもらいたい、我がままだって言いたい。それって、おかしくないって思う。私もね、正直いって美優子が言ってくれる好きってよくわかんない。……キスとか、そういうことしたいって思えないし、そういう気持ち、よくわかんない。けど、美優子のことを好きっていうのは本当で、我がままだけどそういうこともこれから美優子と一緒にわかっていきたいんだ。美優子と一緒に、好きってことわかりたい」
「す、す…っひく…ずか、さん」
美優子の目に光が戻る。ここにきてやっと私のことをはっきりと見てくれた。涙には濡れてるけど私のことをまっすぐに見てくれてる。
「……いいんですか、こん、なわたし、でも、我がままな、わたし、でも?」
「あはは、さっきからそういってるつもりだけど? あ、でもこれからはさすがに寝てるときにとかはやめてね」
「ぅく……は、はい……」
声には喜色が混じってるのに美優子は涙が収まらない。というよりも、後から後から溢れていく。
「……ひぐ……ぅあ…ぐず、っ。や、だ、うれしい、のに…ぅっく…涙、とまら、ない、」
私はそんな美優子を優しく抱き寄せると、背中をさすってあげる。
そういえば、美優子って泣き虫なんだよね。これはこれでいいけど、これからは私ができるだけ笑顔にしていきたい。泣かせるにしたってこんな風にうれし泣きだけにさせるんだから。
「美優子、これから一緒に、ね?」
私は美優子をなだめながら一番の笑顔になる。
「ひふ……うぐぅ…、はい!」
美優子は泣きながらも笑って私に答えてくれた。
それからしばらく私は美優子のぬくもりを感じながら笑顔で泣く美優子を抱きしめるのだった。
せつなへの感謝といつかでるかもしれない本当の【好き】の答えに思いを馳せながら。
告白は終わりじゃなくて、始まりに過ぎないとそれを感じないまま
今は美優子のことを抱きしめるのだった。