眩しい冬の陽射しが中庭にいる私たちを照らす。五階建ての校舎に囲まれた中庭は中央の校木とも相まって、絵に出てくるような光の照らす庭園って感じ。私たち以外に人がいないところがなんとも、絵の世界ってのを感じさせる。
そう。いないの!
っていうかいるわけないよ……
「ね、ねぇ、美優子、やっぱり中、行こうよ」
こんな真冬の寒空の下、好き好んでお弁当食べる人なんていないよ。
私たちは中庭の一角のベンチに並んで座っている。建物に囲まれているおかげで風はこないけど、寒いのはちっとも変わらない。
「だって、きっと涼香さん他に人がいたらしてくれませんもん」
あの時美優子が言ってきたわがままって言うのはまたお弁当を食べてっていうこと、それと条件が付けられるみたいだけど、それがなにかは知らされてない。
「そ、そんなことないよ。我がままいってもいいっていったの私だもん。何でも聞くよ」
「はい」
美優子が嬉しそうに手に持っていた包みを取り去ってお弁当箱を露出させた。お弁当箱自体は黒っぽくてあんまりおしゃれな感じじゃないけど、ピンクでウサギのワッペンがついてるバンドで止めてるのはいくらなんでも子供な気がする。
(人に見られたら恥ずかしいことをさせる気なのかな?)
……口移しとか?
まぁ、却下だね。問答無用で。さすがにそんなことないだろうけど。
「あ、あの、それで、お願い、何ですけど……実は……」
美優子はお弁当を広げて膝に置くと、頬を赤らめながらもじもじと指先を擦りつけている。
え? そ、そんなに恥ずかしいようなこと? 本気で……とか?
「あのっ」
「は、はい!」
美優子があまりに真剣な目をしてくるから思わず私は背筋をピンと張って言葉を待った。
「あ、あーんってしても、いい、ですか?」
「……え?」
予想と違う言葉に私はぽかーんとなった。
「あーん?」
「あ、あの大晦日のとき、八重さんが管理人さんとそういうことしたって言ってて、う、うらやましいっていうか、わ、わたしもって……少し、憧れて、あ、そ、そのだめ、ですよね?」
涙は浮かべてないけど、不安そうな顔をする美優子。わがまま聞くっていったのにこんな顔するのが実に美優子らしくて可愛い。
「えっと、もちろん、いいに決まってるじゃない」
「は、はい! ありがとうございます」
でも、前みたいに食堂でだったら断っていたかも。
「えっと、お、おいしくはないと思うんですけど……その」
「味じゃないよ。美優子が作ってくれたのが嬉しいんだから」
「……それ、最初に言って欲しかったです」
「いじけないでってば」
お弁当の中身は定番な感じ。卵焼きに、から揚げと、ちょっとしたサラダ。前とあんまり変わってない。
きっとレパートリーがないんだと思う。
「えっと……それじゃあ……涼香さん、ど、どうぞ」
美優子は赤いお箸でまずはご飯を一口分つまんで私の前に持ってきた。
「そ、その……えと、ぁ、ぁ〜ん」
恥ずかしさに負けそうな美優子の声は小さい。
恥ずかしいなら無理に言わなきゃいいのに。
でもいちいち可愛いや美優子って。
「あーん」
パク。
私もはずかしいんだけど美優子があまりに恥ずかしそうだから、どことなく余裕が出来る。
もぐもぐもぐ。
(普通)
まぁ、ご飯は美優子が炊いたんじゃないだろうしね。自分が作ったやつはある意味トラウマだから、あえてご飯にしたのかな。
「……んく。うん、おいしい。じゃあ、次は美優子が作ったやつがいいかな」
「は、はい」
美優子は緊張に震えながら頷いて、自分が作ったと思われるおかずへと箸を伸ばす。
別にまずくても死ぬわけじゃないんだからそんなに緊張されるとこっちにまで固くなっちゃうでしょうが。
「えっと……」
美優子はあちらこちらへ迷い箸。多分、どれが一番まともに出来たか選んでるんだろうけど、それが愛おしく感じられる。
なんかこの美優子見てるほうがお腹一杯って感じ。
美優子は散々迷った末に、卵焼きを箸に掴んだ。ちなみに、前もあったけどその時はべチャットしてる上に一部が極端に甘かったり、一部はまったく甘くなかったりでまずかった。実はカラと思しきものも入ってたけど、さすがにそれは黙っておいた。
「あ、ぁーん」
「あーん」
パク。
んぐんぐ。
やっぱりべちゃっとしてて食感は悪い。甘みは前よりは安定してるけど好みではない。カラはさすがにないけど、味としてはやっぱり……
「うん。おいしいよ」
私は笑顔でそう口にした。
「…………」
美優子は口を尖らせて私かから目をそむけた。
「うそです。……味見、したけど……おいしく、なかったですもん」
料理に関してまずいって言っても、おいしいっていってもいじけられるんじゃ言える事がないんだけど。
「うん、味は確かにまだまだって思う」
「…………」
「でも、おいしく感じるの。気のせいなんかじゃなく……その、美優子の気持ちがこもってるからっていうか……とにかく本当においしく思うよ」
「前のときだって、こもってました……」
それ、言わないでよ。返しようがなくなっちゃうでしょ。
(さて、どうしようかな)
私は軽く頭をひねると美優子の持つあるものに目をつけた。
「美優子、ちょっとお箸貸して」
「? はい?」
私は美優子から箸を受け取ると、同じく卵焼きを掴んだ。
「はい、美優子。あーん」
「え、あ……?」
突然のことに美優子は戸惑っているみたいでそれを中々口にしない。
「私の気持ちも一緒に食べて?」
「えっ! は、はい。……あむ」
美優子は私のわけのわからない言葉に惑わされて卵焼きに食いついた。
ゆっくりと咀嚼して、喉を通っていった。
……私ってなんかこう、喉がゴクンってなるの意識しちゃうんだよね。飲み物とかだと、特に缶とかに縁つけるところから喉を通っていくまでじぃっと見つめちゃう。色っぽく感じちゃうっていうか……
(そういうフェチ、なのかな)
「……やっぱり、おいしくないです」
「私が気持ちを込めたのに?」
「作ったの、わたしですもん」
面白くなさそうに言う美優子だったけど、「でも」と小さく付け加えた。
「……ちょっと嬉しいです。涼香さんがそういう風に言ってくれるなんて」
「美優子のこと、好き、だもん。このくらい言うよ」
「えへへ、嬉しいです。あの、また食べて、くれますか?」
「うん、もちろん」
寒空の下だったけど、不思議と暖かな感じを受けながら私たちは仲良くお昼を取るのだった。
充実したお昼を過ごした私は、おかげでってわけでもないけどいつもより軽くなった気持ちで午後の授業を乗り切っていった。放課後の掃除も終らせて、友だちなんかとおしゃべりをして過ごす。三十分くらい残っているとぼちぼち解散となった。
「私も帰るかね」
もう暗くなった教室に残った私はそう呟いてバッグを手に取った。
ガラ。
と、教室を出て行こうとしたら丁度目の前で扉が開けられる。
「っと、涼香。まだいたの?」
せつなだった。
「そっちこそ」
「忘れ物。ま、明日でもいいけど、寮にいてもヒマだし。あ、今日は美優子来てたわよ。会いにいってあげないの?」
「そっか」
美優子、来てくれたんだ。
最初のお弁当以来、来てくれなかったもんね。うん、よかった。ってか、嬉しいや。寮で会うのも久しぶりだもん。
私はせつなが忘れ物とやらを取るのを待って一緒に教室を出て行って、廊下を歩きながらせつなと談笑をかわす。
「そういえば、美優子が来たってことは、うまく仲直りできたみたいね。おめでとう」
「お弁当は相変わらずだったけどね」
「今度はちゃんとフォローしてあげたんでしょうね?」
「ん、まずいって言った」
「は? それじゃ、同じじゃない。美優子怒らなかったの?」
「んー、まぁそこはほら色々」
お昼のことは冷静になるとかなり恥ずかしいから、とてもじゃないけど他人になんて話せない。それがせつなならなおさら。
「そうだ、そんなことよりさ」
私は強引に話題を変えようとせつなの前に周ってせつなの足を止めた。
「そろそろ、せつなのアレだよね」
「ん……そうね」
「んもー、なんで当のせつながそんな感じなのよ」
「別に騒ぐことでもないでしょ」
「せつながそんなんじゃ私がやりづらいじゃない」
「だから、いいって言ったでしょ。私に気を使わなくても。……わざわざしてもらうなんて美優子に悪いし」
「べ、別に美優子は関係ないでしょ。友達相手に私がしたいからするだけなんだから」
せつなは私に必要以上に気を使うなって言うくせに、せつなだって部屋とか以外じゃあんまり二人になろうとしなかったり、美優子とのことなんかせつなのほうが気を廻しすぎてんでしょうが。
「……まぁ、あんまり期待しないで待ってるわ」
せつなはそういって私の横を通り過ぎていった。
「ん、おっけ」
期待しないなんていわれちゃったけど、横を通り過ぎるときのせつなの口元が緩んでいたのに気付いた私は、美優子といるときに感じるのとはまた違った嬉しさを感じてせつなのことを追いかけていった。