「……ありがとう」

 その声に後ろ髪を引かれ、……おもいっきりつかまれたような気がした。

「そう思うのなら、しっかり美優子の話を聞くことね」

 でも、私はそんな気持ちなんておくびにもださずに足を部屋の外へと向けた。

「っ………」

 パタン、と扉を閉めた瞬間。

(これ、くらいはね……)

 涙が溢れ出すのをとめられなかった。

 終わったのだから。私の恋はここで、終わり。

(……ありがとう。涼香)

 今までありがとう。友達になってくれてありがとう。好きでいさせてくれてありがとう。涼香から出会えたこと、涼香と過ごしたすべての時間にありがとう。

 いまや一万光年の差が出てしまったかのような部屋の中を繋ぐドアに寄りかかり、嗚咽は漏らさず私は涙だけを流した。

 ……本当は泣き叫びたい気持ちもある。ただ、今は感情をもてあましすぎていて、自分の中で処理しきれない気持ちが涙となって出て行くだけだった。

「…………」

 ドアを隔てて美優子の話す声が聞こえてくる。大きな声で話しているわけじゃないからはっきりとは聞き取れないが、私はそれを聞きたくもあり、聞きたくなくもあった。

 いや、聞きたくない。

 のに、足がその場に根をはり、動くことが出来なかった。

「……朝比奈先輩」

「っ。水谷さん」

 力なくドアに背中を預けていた私に話しかけられる人間がいた。

 水谷さんはどこから現れたのかいつのまにか私の前に立っていて、躊躇いがちに私を呼ぶ。

「……何か、用?」

 とても人となど話せる気分じゃないのに、水谷さんに何かを言われる前に言ってしまう自分がいた。

「……………」

「なん、なの、よ……」

 私は彼女を見返さないので、彼女がめずらしく迷ったようにしている表情を見逃していた。

「……こっち、ついてきてください」

 と、水谷さんは私の手を取ると強引に歩き出した。

 私は思わずふらふらと手を離せずについていってしまうが、このあまり水谷さんらしくない行動にある不安を抱く。

「今、陽菜はいませんから。泣くなら好きなだけどうぞ」

 彼女の部屋に連れ込まれ、水谷さんは鍵をかけた。

 その鍵をかけるという行為と言葉に私は不安が杞憂じゃなかったということを予測する。

「…………聞いてた、の?」

「……全部、ではないですけど」

「……相変わらず、いい性格ね」

「通りかかったら聞こえてしまっただけです。朝比奈先輩の声、大きかったですし」

「……そう」

 あっさりと応える私だけど、もちろん聞かれて気分がいいはずもない。

 確かに、私は叫ぶように涼香に言っていたし、あのドアの側にいれば聞こえてしまうかもしれない。しかし、

 その相手が水谷さんだというのは……

「……人前じゃ泣けないわよ」

「一人にはできませんね」

「……どうしてよ」

「人の部屋で自殺されても困りますし」

「っ。するわけないでしょ、そんなこと」

「そうは思いますけどね。何をするかわからないって見えましたし」

「……しないわよ。涼香が悲しむから」

 しない。できるわけがない。一人になったらまったくそういうことを考えないということはないかもしれない。死んだほうが楽になれると思うことはありえないことじゃないかもしれない。しかし、できない。死んでしまえば関係ないだろうけど、それでも涼香が悲しむことはできるわけないのだから。

 そう、絶対に涼香は悲しんでくれる。もしかしたら罪悪感も感じてしまうだろう。それは、涼香の幸せを邪魔すること。

 だから、そんなことは絶対にできない。

「……一つ、聞いてもよろしいでしょうか」

「……答えられることなら」

「どうして……西条先輩に協力するようなことをしたんですか?」

「っ……」

 この子は……普通そんなことは聞かない。聞けない。正直言ってまともな人間としての配慮が欠けていると思った。

 思った、が。

「……貴女のせいよ。貴女のおかげで自分よりも涼香を取れた」

 私は顔を見ずにそう言っていた。

 本気で思っているわけじゃない。ただ、以前水谷さんに私は涼香よりも自分を大切にしているといわれたことが少なからず影響はしていたと思う。

 ただ、今ここでそう口にしたのは……自分への慰めのようなものだった。

「……そうですか」

「……ま、あ。あの時とは全然違う状況だった、から、貴女は私のこと……おかしなやつとでも思うかもしれないわね」

(そう思いたいのは私、か……)

 いくらでも自分の中に今の自分と矛盾した存在がいる。その中でもバカなことをしたと思う自分は大きい。

「そうですね。詳しくはわかりませんけど、わざわざ西条先輩にゆずるっていう行為はよくわからないとは思います」

 ほんと……この子には人の痛みを想像することができないらしい。

「ただ……変だなんて思いません。思う、わけないじゃないですか」

「え?」

 そういわれたこと自体に多少驚いた。でも、今思わず顔を上げてしまったのは水谷さんの言葉の響きに今まで聞いたことものを感じたからだ。

「尊敬します。朝比奈先輩のこと」

「っ!!

 また、水谷さんと会ってから止まっていた涙が溢れ出した。理由はよく、わからない。ただ、肯定してもらえたことが……嬉、か、った……

「ひぐ……ひっく……」

 そして、私は水谷さんの前だというのに嗚咽を漏らし始めてしまった。

 パタン。

 それからしばらくして水谷さんが部屋から出て、外から鍵をかけると私はその場にへたりこみ気持ちが枯れるまで涙を流し続けるのだった。

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なぎさ

 

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