その日も例外なく真夏の太陽が世界を照らしていた。

 抜けるような青い空の下、うだるような暑さの中を絵梨子は休日だというのに寮の管理人で、この学院にいたころの先輩である宮古に呼び出され寮に向っていた。

「……まだ結構あるなぁ」

 これから向う先が寮であるせいで考えてもどうせ会えないからと、考えないようにしていたときなのことを思い出してしまう。

 プレゼントは迷いながらも終業式の翌日にとりあえず買いはした。

 帰ってきたらとは思っているがいつ、どういった状況で切り出せばいいのかそこまで考えてないのだから今すぐに会えなくても問題はないのだが、会いたいという気持ちに変わりはない。

「っと、あんま遅れると先輩に怒られちゃうな」

 寮を間近についときなのことを考えてしまったが、どんなに願ったところでときなが早く戻ってくるわけではない。

 ときなのことで気を取られて他の事をおろそかにしていたらときなに呆れられてしまう。

(まぁ、プレゼントのことはときなが帰ってくるまでにかんがえれば……)

「って、え?」

 もうすぐ寮へつくところだった絵梨子は、寮の門からありえないはずの人物が出てきたことに目を丸くした。

 ありえないはずだが、十数メートルの距離で見間違えるまずもなく、また見間違えるはずのない相手。

 会いたいと願っていたはずだが、まだあと一週間近くは会えないはずだった相手。

「ときな!

 思わず大きな声を出して絵梨子はいないはずの相手、ときなの下に駆け寄っていった。

「先生。何してるんですか、こんなところで」

「そ、それは私の台詞なんだけど。まだ、実家にいるんじゃなかったの?」

「先生に会いたくて来ちゃいました」

「え?」

 ときなは不意にこんなことを言ってくることがあって、ときなには何度かからかわれているのにそのたびに少女のように頬を赤らめてしまう。

「……嘘ですよ。そんな嬉しそうな顔されたらこっちが悪いような気がしちゃうじゃないですか」

「あ、そ、そう……」

「でも、会えれば私も嬉しいですよ」

「ありがと。それで、なんで戻ってきてるの? やっぱり、早く帰ってきたの?」

「違いますよ。……ちょっと所用です」

「こんな、ところまで?」

 ときなの実家はここからかなり離れている。移動だけでかなりの時間がかかってしまうのに簡単な用で来るとは思えない。

「えぇ」

「なんか、嬉しそうね」

 なんとなくそう見えた絵梨子は思ったことを素直に口にしてみる。

「えぇ。とても」

「どうして?」

「内緒です。さ、すみませんけどもう失礼しますね。帰らないといけないので」

「え? もう帰るの?」

「はい。あ、そうだ。よかったら駅まで送ってってもらえませんか? せっかく会ったんですから話しはしたいですし」

「それはかまわないけど……」

(あ、でも、宮古先輩に呼ばれてたんだっけ……)

「先生? 都合悪いのなら断ってくださってかまいませんよ?」

(……まぁ、仕事で来てるわけじゃないんだし)

「ううん、大丈夫。行きましょうか」

 後で絶対に何か言われるだろうなぁとそのことに少し後ろ髪を引かれながらも、絵梨子は無断で学院内の駐車場に停めた車にときなと共に向っていくのだった。

 

 

 ときなは言葉の通り嬉しそうでそのことにゆったりと浸っているようだった。

「先生」

 車の助手席に乗ってシートベルトを締めると、ときなはエンジンをかけようとしていた絵梨子を呼ぶ。

「なに?」

「友原さんって、いい娘みたいですよね」

「友原さん?」

 いきなり思いもしていなかった受け持ちの生徒の名を呼ばれ、絵梨子は手を止める。

「友原さんに会いに来てたの?」

「えぇ。本当、いい娘です。……あの子にはもったいないくらい」

「あの子って、せつなちゃん?」

「えぇ。あ、出発してくれていいですよ」

「あ、うん」

 とりあえず、言われたとおりに絵梨子は車を発進させた。

「友原さんがいい娘、だからときなは嬉しいの?」

 曲がりくねった山道を下りながらも会話を続けていく。

「はい。あの子は、幸せものですよ。あんな友達がいて。それに、友原さんのおかげで私はやっとあの子の姉になれた気がしますから。勝手ですけど、そっちのほうが嬉しいのかもしれませんね」

「? そう……」

 一応の同意を見せる絵梨子だが、ときなが何を言っているのかは理解できずもやもやとした気分でハンドルを握る。

 会えて嬉しいとも言っていたし、会えたんだから話がしたいといっていたのにときなはどうも涼香と話したことを思い返しているようで絵梨子のことなどほとんど見ていなかった。

「けど、姉になるっていうのは責任を果たさなきゃいけないっていうことでもありますか、頑張りませんと」

「……………」

(……何よ。さっきから友原さんのことばかり)

 初めての担任なったクラスの生徒にそんなことを思ってしまう絵梨子は少し落ち込む。

 ときなを取られるとでも思ってるの!?

(嫌ね、醜い。生徒に嫉妬してどうするのよ)

 絵梨子は運転に集中する振りをして、自分の中に渦巻くいやな気持ちを雲散させようとした。

 元々嫉妬深いほうではなく、独占欲がそれほど強いわけでもないが自分が教師でときなが生徒であるという現実が絵梨子を過剰に反応させていた。

(あ、そうだ)

 駅までの行程を半分ほど着たところで絵梨子はあることを思い出す。

 ときなはまだ涼香とのことに浸っていたいのかもしれないが絵梨子にはそれが面白いことではなくときなの心を引き戻したかった。

「ときな」

「はい?」

「そこのダッシュボード開けてみて」

「? はい」

 ときなは言われた通りに普通人の車で開けることのない目の前のダッシュボード開けた。

「?」

 普通は発炎筒や保険の書類などが入っているはずのそこに似つかわしくないものを見つけときなは思わず手に取った。

「プレゼント、開けてみて?」

「はぁ」

 それは絵梨子のときなへの遅すぎた誕生日プレゼントだった。買って以来どうやって渡そうかとその相手がいないのに持ち歩いていたものだった。

「あ……」

 いきなり飛び出してきたプレゼントにときなは不思議な顔をしながら包装を解いていたが中になにが入っているのかを確認すると声を上げる。

「綺麗……」

 それは小さなクロスのついたネックレスだった。ときなに似合うと思い買ったものではあるが実は他の意図もある。

「でも、どうしたんですか? 急にこんなもの」

「あー、えっと……そ、そう。副会長で一学期お世話様っていうか……」

「はぁ?」

 本当は遅い誕生日プレゼントのつもりだが、状況にそぐわない上、駅までの付き合いなのに誕生日に関することを言っている時間もない。

「と、とにかく。もらって、気に入れば、だけど」

「先生からいただければ、何でも嬉しいですよ。つけてみてもいいですか?」

「え、えぇ」

 丁度車が赤信号に停められると同時にときなはそう言ってネックレスをつけた。

「似合います?」

 すっきりとした清楚な顔立ちに、絹のような美しい髪。そこにクロスのネックレスをかけた姿はどこか神秘的にも見え、絵梨子にとってはこの世の何よりも美しく見えた。

「えぇ。とっても」

「ありがとうございます」

 素直な感想に天使のように笑うときなだったが、

「……先生。信号、変わってますよ」

 思わず見れてしまっていた絵梨子はあきれながらも嬉しそうに指摘した。

「あっ!

 あわてて車を発進させる絵梨子。

 その後は会話こそ多くはなかったがときなが時折胸元のネックレスを嬉しそうに触れていて、車中には幸せな空気が流れた。

(あ〜あ)

 しかし、それも有限の時間。ネックレスを渡してから十分と経たないうちに駅へとついてしまった。

「よかった。間に合いそう」

 しかも、ときながついたと同時に時計を確認してそんなことを言うので引き止めるどころか、少し話をしようと願ったことすら叶わない。

 ときなは少ない荷物を持つと車のドアを開けて、外に出てしまう。

「先生、ありがとうございました。送ってもらえたのも、これも。すごく嬉しいです」

「うん。気に入ってもらえてよかった」

「電車来ちゃうんでこれで失礼しますね。ありがとうございました」

「……わかった。気をつけて帰ってね」

 少し寂しくはあったが、そもそもここで会えたことすら僥倖なのだからと絵梨子は車を降りずにときなを見送ることにした。

「あ、そうだ。ところで、これって先生とおそろいですよね。先生も、十字架のついたペンダント持ってましたよね」

「あ……うん」

(気づいて、くれてたんだ)

 プレゼントを選んだ理由の二つ目。完全におそろいというのも恥ずかしい気がしたので自分の中で気に入っているデザインのものとおそろいにしたのだった。

「そうだ、今度ちゃんと戻ってきて、心配事が片付いたら先生のところに泊まりに行ってもいいですか?」

「え、えぇ! もちろん」

「さて、あんまり話してると遅れちゃうのでこれで行きますね。楽しみにしてますから」

「えぇ。またね」

「はい。では」

 軽い足取りで去っていくときなが見えなくなるまで後ろ姿を追う絵梨子は、誕生日といってプレゼントを渡せなかったことや、涼香と何の話をしていたのかということ、【心配事】ということなど、完全にすっきりとはしなかったものの、ときなに気に入ってもらえたことと、泊まりに来たいという言葉に充足感を得て今度こそ本来の用事のためにまた寮へと向っていった。

 

 

4/二年生2-1
おまけ

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