(ここが、先輩の部屋)
部屋に足を踏み入れた私は失礼かなとは思いつつも、部屋を見回す。
私の部屋よりも五割増しくらいな大きさは予想通りだけど、意外? にも綺麗に片付いている部屋。保健室のベッドとか結構散らかってるのに。
部屋の隅には大きなスライド式の本棚、中身はやっぱり漫画が多いみたい。その傍らの机にはパソコン、さらに隣にテレビとゲーム機、なんだか先輩にしては予想通りな感じ。でも、なによりも部屋の中で目を引くのは……
「ベ、ッド?」
テレビから正面になぜか薄い緑のシーツに覆われたベッドがあった。
どうして? さっき寝室は別にあるっていったのに。
わけがわからず、ふらふらっとベッドに近づいていく。
ふにょ。
うん、触ってみてもやっぱりベッド。しかも、私のベッドよりも明らかにやわらかくて気持ちよさそう。でも、なんでここに……?
っと、疑問だらけの私に
「とおーのさん」
先輩がいきなり後ろから抱きしめてきた。
「ちょ、ちょっと先輩なんなんですか!?」
「うふふ、やっと二人きりになれましたね」
「さ、さっきからずっと二人きりじゃないですか」
「ふふ、こういうところでってことですよ」
ぎゅぅぅ。
先輩は私のことを強く抱きしめてくる。
「大丈夫ですよ、私初めてですけど、ゲームとか漫画で知識はあると思いますから」
「せ、先輩? なに言ってるんです、か?」
「さぁ? なんでしょうねぇ」
クスクスと先輩が楽しそうに笑ってるのが見てなくてもわかる。なんだかよからぬことをたくらんでいるようなっ?!
ボスっ。
先輩が何を考えているのかを考える暇すらなく先輩は私をそのままベッドに押し倒した。
「せ、せせせんぱい?」
え? え? 先輩なにしようとしてるの? え? まさか、
だ、だめ! 私たちまだ付き合って一ヶ月もたってないのに。そ、そういうことじゃなく。じょ、冗談よね? いくら先輩だって……あ、ぅ。そういえば、私いきなりキスされてるし……でも、まさかこんな。
ベッドに身を沈めながら私はこれから先輩が何をするつもりなのか考えるけど答え出る前に
「ひゃっ!?」
首筋に暖かな感触。
「ふふ、ペロ、おいし、それにとってもいいにおいがします」
え? な、舐められた、の?
「ちょ、せ、先輩、あああ、あの?」
「大丈夫ですってば、私に任せてくれれば」
ほ、本気? そ、そりゃ恋人が部屋に来たらおっけーの合図ともとれなくはないのかもしれなくても……え、で、でもまさか……え?
コンコン
ちょ、ちょっとまって、待つのよ。私。私は先輩のこと好き。大好き。先輩ともっと触れたいって思うし、手を繋ぎたいし、……たまにはキスしたいって思ったりもする。
コンコン。
だけど……こ、こんなことは……い、いつかはもしかしたらするのかもって想像したことがないわけじゃないけど、えと、でも……こんなに早く……
コンコン!
「っ??!」
「あなたたち……なにしてるの?」
いきなりベッドに押し倒されて気が動転していた私はやっとさっきから部屋にはいってノックをしていたお姉さん? の存在に気がついた。
お姉さん? はお盆に何かコップを乗せて私たちのことをあきれたように見つめている。
「あらあら、せっかくベッドインしたところなのに」
先輩はそういうとあっさり私の上から離れて、軽くパンパンと埃を払った。
「ちょっとしたスキンシップですよ。ふふ」
一緒に住んでいるであろう人にこんなところを見られたっていうのに先輩は笑顔で平然としている。
私なんて、まだ胸のどきどきがおさまらないのに。
でも、お姉さん? もあきれたようにしているだけで驚いているようには見えない。
「ふぅ、あんまり変なことしてると嫌われちゃうわよ? せっかく麻理子さんと友達になってくれてる人に」
「大丈夫ですよ。遠野さんはこれくらいで私のこと嫌いになったりはしません。ねっ? 遠野さん」
「あ、はい」
そりゃあ、変なことされたくらいで先輩のこと嫌いになるんだったら今頃のこのことこんなところに来てないもん。
「それならいいけど。はるかさん、麻理子さんはこんなのだけど悪い子じゃないから仲良くしてあげてね」
「は、はい」
「それから、変なことされそうになったら大きな声を出すのよ?」
「え、……あの」
「しませんってば、遠野さんが嫌がることなんて」
「あなたが言っても説得力ないわよ。まぁいいわ。それじゃ、はるかさんゆっくりしていってね」
お姉さん? は話しながらもってきてくれた飲み物をテーブルに置くと素敵な笑顔を残して出て行った。
(……はるか、さん。か)
いやじゃないけど、もう合計三回も呼ばれた。
先輩は私が他の人にそんな風に呼ばれてもなんともないのかな。
「あーあ、もう少しだったのに残念でしたね」
「な、なにがもう少しなんですか」
「さぁ、なんでしょうか。クスクス」
愉快そうな先輩に反して私は、困惑気味。先輩といて嬉しいし楽しいけど、疲れるっていうのも事実だ。しかも私は考え事してたっていうのに。
「ま、とりあえずせっかく飲み物もって来てもらったんですし飲みましょうよ」
先輩がベッドから降りると私もそれについていって、テレビとベッドの中間くらいにあるテーブルに座った。
用意された飲み物はアイスティー。手を伸ばせば届く距離だったけど先輩はわざわざ私の前に移動させてくれた。
「あの、先輩」
とりあえず一口口にしてから、先輩に聞きたかったことを聞くことにした。
「はい。なんでしょうか」
「さっきの人ってお姉さんなんですか?」
「んー……まぁ、そのようなものです」
「?」
なんでそんな言い方。ようなものってことは違うってことなんだろうけど、それならはっきり違うって言ってくれてもいいのに。
とはいえ、家庭のことならあんまり深く聞くことじゃないのかもしれない。
「あ、えっと、あのなんでここにもベッドがあるんですか?」
話題を変えたほうがいいような気がした私は部屋に入ってからの疑問を問いかけてみた。
「ん、まぁそれはくだらない理由なんですが。だらだらするときもベッドがあるほうが楽じゃないですか。寝室にいかなくてもここで寝れちゃえますし」
「え、そ、そんな理由で……」
ベッドだって安いものじゃないのに。やっぱり先輩って、家とか部屋を見ればわかりきったことだけどお金持ちなんだ。
とりあえず聞きたいことを聞けた私はアイスティーや先輩が用意してくれたお菓子を食べながら保健室にいるみたいな歓談をしていく、けど
(…………こんなことしにきたんじゃないのに……)
先輩と一緒にいれて、話ができるっていうのは楽しいことだけど今日はそれだけのために来たんじゃないんだから! 今日は、先輩ともっと仲良くなるために来たんだから。
そのために名前で呼んでもらえたら……って思ってたはずなのに。これじゃ保健室と同じよ!
私から動かなきゃ。
「あの、先輩」
私は意を決して先輩を呼んだ。
「はい? なんですか?」
「あの……えと……」
「? どうしたんですか」
「わ、私たちって、その……つ、つき、あってるんですよね?」
うぅう、いざ口にすると思ったよりも恥ずかしい。はっきりと言葉にしたことなかったし。
「えーと、私はそのつもり、ですけど。それがどうかしたんですか?」
「どう、ってわけじゃないですけど。あの、なのにあんまり、その【恋人】っぽくないっていうか……」
「そうですか?」
「だ、だって、告白してからもしてること変わらないし、まだデートだってしたことないし」
「デートなら今してるじゃないですか。恋人の部屋に来るっていうのはデートって思いますけど」
「そ、そうかもしれないですけど。休みにどこかにいったり、とか」
恋人の家に行くのもデートかもしれないけど、普通デートっていったら買い物とか遊園地とか映画とかライブとか、そういうイメージ。
一緒に買い物とかしてもっと先輩のこと知りたいって私は思うのに。
「それに……ずっと【遠野さん】のままですし……」
「はい?」
こ、ここまで言ってるのになんで気づかないんですか! にぶいんですか? それともわざとなんですか?
「恋人なんだから、名前で呼んで欲しいって言ってるんです!」
「…………」
っは! ま、また私はなんでいきなりこんなこと言ってるの!?
だ、だって先輩がにぶいんだもん! ぜんぜん私の気持ちなんてわかってくれなくて、告白したときみたいに私の心は暴発してしまった。
先輩は……
「んふふふ」
幸せそうな笑みを浮かべて私に擦り寄ってきた。
そして、
「どーん」
私を押し倒してきた。
ドンっと、背中が床にたたきつけられて先輩は私の上に覆いかぶさった。
「ちょ、せ、先輩!?」
「ふふふ、なんだか寂しがらせちゃったみたいですね」
(あ……)
先輩は私の手をとるとそのちっちゃな指を絡ませてきた。気持ちを繋げるように、体をつなげてくる。
「ダメですね私、こんなに想ってもらえてるのにはるかさんの気持ちぜんぜんわからなくて」
(【はるか、さん】……)
まるで催促しちゃったみたいだけど、それでもそう呼んでもらえたら自分でもびっくりするほど嬉しい。
「別に、いいですよ。先輩がそういう人なのは知ってますし……だから好きなんですから」
「ふふふ、私も遠野さんのこと大好きですよ」
そうして私たちはしばらくの間二人の世界に浸るのだった。
大好きな先輩の顔が目の前にあって、抱き合ったように手を繋ぎながら二人して床に寝そべる。
こうしているだけでものすごく幸せ。ずっとこうしていたいって思う。
コンコン。
デートしたいだなんて思ったけど、やっぱり私はどこだろうとこうして先輩といられるだけでいい。
コンコン。
だって、私は先輩が大好きで先輩も私のこと大好きでいてくれてるんだから。場所なんて関係ない。
コンコン!
「っ!?」
「あなたたち……なにしてるの?」
幸せの絶頂にいた私はそこでやっと、私たちを見つめる瞳に気づくのだった。