うー、頭がくらくらする。
体中が信じられないくらい熱くて力が入らない。
「……涼香、さん? どうかしたんですか?」
ベッドに並んで座ってる美優子が不安そうに私の顔を覗きこんできた。
「あ、うん。なんでも、ないよ」
部屋に来てから適当に当たり障りのない会話をしてるけど、お風呂に長く入ってたのと、頭が色々パンク寸前なせいでのぼせていてぼうっとしてしまう。
「あの、さ。美優子……ぅひゃう!」
軽く髪をかきながら美優子に顔を向けようとしたら、いきなり美優子が信じられないことをしてきた。
美優子の手が私の左胸に触れてきた。
反射的に身を引きそうになったけど
(そうだ……我慢しなきゃ)
私は美優子の手から逃れようとした体をグっと抑えた。
「んっ。あ、あの、なに?」
あれ? あんまり、怖くない? パジャマの上からで直接触られてないから、かな?
いや、怖いは怖いんだけどなんだかそれだけじゃないような。
「涼香さんも……どきどき、してるんですね。すごくドクン、ドクンってしてます」
「い、いきなり触られれば誰でもそうなるって」
「ちょっと、安心しました。わたしも……どきどきしてるんです」
「え、あ、美優、子」
美優子は私の腕を取って自分の胸に導いた。
(う、は…ぁ……熱い。くらくらする……よ)
うわ、ふにゃって弾力のある感触がした。それにすごく熱く脈うってる。美優子も、緊張してるしやっぱり怖いんだよね。私の胸も美優子の言うとおり美優子と同じかそれ以上に高鳴ってる。
私も怖い、よ。
私が美優子の鼓動を感じていると美優子は懐かしそうにクスっと笑った。
「どう、したの?」
「いえ、こうやって涼香さんに触られるのって二回目な……えと、二回目ですよね? その……あのときは……?」
「し、してないよ! あ、あんなのは数に入らないから、あ、汗拭いただけなんだし」
寮に泊まったときのは美優子はまったく記憶にないらしい。なら襲ってるって思われても仕方なかったかもしれない。
「そ、それって……」
「いや、だからあれは違うの。美優子が風邪悪化させちゃいけないって思って、本当にそれだけだから」
「……はい、信じます。涼香さんの言葉ですから」
小っ恥ずかしいことを言ってくれるね。まっすぐに美優子の想いが伝わってくる。
「……最初のときは本当に怖かったんですよ。久しぶりに外に出たら、いきなりあんなことされて。わたしどうなっちゃうんだろうって」
「あ、はは。あれは本当にごめんね」
あの「事故」に関しては何を言われてもあやまるしかない。
「でも、おかげで涼香さんと仲良くなれましたから」
「うん、そうだね。ねぇ、美優子……」
私は美優子の胸から手を外して美優子の手に重ねた。
それが無意識だったのか、意識的だったのか自分でもよくわからない。
「ん…はい……なん、ですか」
一瞬体をビクンと震わせて、私に答えるように指を絡ませてくる。
私が異様に火照っているせいか、美優子の温度がぬるく感じる。けど、優しい美優子の熱。
「今は、どうなの? 今も怖い?」
ここで怖いって言ってくれるのなら私はそれを理由に逃げられる。
「……怖い、です。……でも」
美優子の手に力がこもった。熱い吐息が私の頬にあたる。
「うれしい、です。涼香さんと一緒にいたり、こうして触れたりすると心がほわってあったかくなって、もっと……って思っちゃいます」
痛ぅ…ちょっと視界がくらってきた。頭に血が周ってないような感じがするよ……
「美優子……」
わかるような、ううん、わかるじゃない。少しだけだけど、共感して、る? 私も美優子といるのって、楽しい。
美優子の言う嬉しいと私の思う楽しいって違うのかな、やっぱり。
「あ、でもいきなりキスされたりするのはやですよ。だから、もうそういうのはやめてくださいね」
「し、しないって。もう、やっぱり美優子って私のこと信用してないんじゃないの?」
私は軽い気持ちで美優子のことを小突くと、
「あ……」
バランスを崩したのかそれともわざとなのかベッドに倒れこんでいった。
「わっ」
私も美優子と手をつないでるので一緒に倒れていく。体が浮く感じがして、そのまま密着していく……のは空いてる手を使って防いだけど美優子に覆いかぶさるような形になってしまった。
(うっ……!)
「……………………」
美優子が潤んだ瞳で私を見上げてくる。そして、少しだけあごを上向けるとみずみずしいくちびるを私に差し出すようにしてゆっくりと目を閉じた。
美優子が何を求めてるのかはわかった。
恥ずかしい……けど。
(っ! あ、れ…視界が歪む……それ、に…から…だ、に力…が入らな、い)
そっか、のぼせてるところに急に頭振ったりなんてしたから血の巡りが……
あ、だめ支えてらんない。
ドサッ!
私は繰り糸が切れたように美優子の体の上に完全に倒れこんだ。
(頭いた……美優子ふわふわ、それに甘い香り、これなんだろ、シャンプー? 香水とはちがうよね? ……やだ、ぼーっとしてきた……)
「!! す、涼香さん!? だ、だから急には……すずか、さん?」
う、美優子が私のこと呼んでる。起きなきゃ……あぅ、でもだめ。こうしてるほうが楽だし、気持ちいいや。
心からくる誘いのままに目を閉じる。
「涼香さん! 涼香さん、涼香さん……」
私は美優子が私のことを呼ぶのをどこか遠くに聞きながら意識を闇へと落としていった。
チュン、チュン。
「ん……」
鳥のさえずりが聞こえる。
「ぅ……あ…ん……!?」
もやのかかった頭のまま目を開けるとすぐそこに美優子の顔があった。
反射的に飛び起きた私はまずは自分の様子を確認した。
パジャマは着てるし、しわもついてない。
二人にかけられてた掛け布団を美優子にかけなおしてベッドの端に座ると昨夜のことを考える。
(私、どうなったんだっけ?)
お風呂から出て、ベッドの上で話をしたっていうのまでは覚えてる。
(……確か、頭が痛くなって、ふらふら〜ってなっちゃって。美優子の上に……)
駄目。そこまでしか思い出せない。
のぼせちゃってたんだよね……お風呂に長く入ってたし、長く何故か追い焚きもしてたし。
なにより考えることだったり、自分の抑えようとしていたせいで脳のヒューズが飛んじゃったような感じ。
「でも、よかった……のかな?」
何もなかったみたいだし……なかったよね? パジャマなんともないんだし。今だって、ただ美優子が隣で寝てるだけだし、ね。
淡いピンクのベッドの上にいまだ眠る美優子はスゥ、スゥと穏やかな寝息を立てている。体を反転させて美優子の顔を見ると実に幸せそうな寝顔をしていた。
「ちょっと悪かった、かな?」
うつぶせになってた私をなおしてくれたんだよね。それに、美優子だって一大決心だっただろう気持ちを無駄にしてしまった。
本音を言えば私は助かったって思ってる。そんなことを思うこと事態美優子への侮辱なのかもしれないけど、それでもよかった。
私は手を伸ばすと美優子の目にかかってる髪を軽くはらって頬を撫でた。頬からあごにかけてつつーと幾度が往復する。
すべすべ、ぽにょぽにょ。子供みたいなほっぺ。
美優子の寝顔ってやっぱ可愛い。こういうのを天使の寝顔っていうのかな。
美優子の寝てる姿を見るのって好き、かも。
(……あれ? やだ、嘘…)
私、美優子にもっと触れてたいって思ってる。
ち、違う! べ、別に美優子の寝姿に欲情したわけじゃ……そ、そう! 昨日の夜は美優子の気持ちを踏みにじったような形になっちゃったから……だ、だからキスしたいなんて思ったのだってただの罪滅ぼしなだけで……
(?! したいって思った? キスしたいの?)
ないない、ないよ! 思ってない。
私は頭をブンブンと振って湧き上がった考えを吹き飛ばそうとした。
「はぁ……ん」
「―っ!?」
美優子が妙に悩ましい呻きをあげた。
「み、美優子……」
いい、のかなキスくらい……昨日だってする寸前までいってたんだし。
ベッドに手をついて、顔を正面に持っていった。
違うよ、これは……罪滅ぼしだからね。私がしたいわけじゃ、ないん…だから。
「ん…すずか、さん……」
「!!?」
な、なにしようとしてるの私!?
寝言に名前を呼ばれた私は、はっと我に返った。思わずベッドから飛びのく。
美優子は寝てるんだよ!? 何勝手なことしようとしてるの!? それに急には嫌だって美優子だって言ってたじゃない。
いや、そもそも美優子のことそういう風に好きじゃないくせにキスなんかしていいわけないでしょ! 私がどうとかより、美優子に悪いって思わないの!?
だめ……今の私おかしい。美優子のこと見てたくない、声を聞きたくない。
美優子と、いたく…ない。
美優子といると……変になる気がする。
(………………帰ろう)
私はすぐさま着替えると、殴り書きで置手紙をして美優子の家から出て行った。
「………美優子」
一度だけ家の外から美優子の部屋を見つめ、私は駆け足で家から離れていく。
自分の中に渦巻いた感情を否定しながら、私は美優子から遠ざかっていった。